ヤマト空想科学教室13 ヤマトの艦首は折り曲げた十字架
ヤマトの艦首は折り曲げた十字架
おれが勝手に書き散らかしてる『ヤマト』の小説では、艦首フェアリーダー(あの変な三つ〈ひ〉の字ね)を「沖田に逆らう乗組員を殺すための処刑台である」とした。正面の〈ひ〉の字孔はその血を前に垂らすためのものであり、左右のそれは旧〈大和〉や〈武蔵〉のそれと同じく、別の船に曳航してもらうとき鎖をかけるための鈎穴となっている。全体は蝶の羽型の板を折り曲げたような形をしていて、面に大きく髑髏(どくろ)の模様が刻まれている――。
こう書いてもなんだかわからんでしょうから、このログの表紙にすることにしました。だからこの文そのものは読まなくてもいいんだけど、蛇足ながら書いときましょう。
〈ヤマト〉艦首の三つ穴については、誰も彼もがあれは一体なんなんやと思いながらも口に出さずにきていたのではないだろうか。旧〈大和〉に似たものがあるのは古い写真を見りゃわかるので、〈ヤマト〉のそれがあれを模したのは納得いくが、しかしそれでもあれはまるで給食用スプーンじゃん……と、思ったとしても口に出さない。それが男の約束というものである、と。
それにどうも、あれがなければ〈ヤマト〉が〈ヤマト〉でなくなってしまう気もする。人類を救う運命を背負った船でなくなる気がする。バカバカしいのにバカにしてはいけないものを心が感じて、誰もあれを変だと言わない。どうも正義の船の先っぽに飾るにしては妙にまがまがしい感じだが、しかしそれでいいような気さえなんだかしてしまう。そんなわけで誰も松本零士に向かって、「先生これって変じゃないですか。なんの意味があるんですか」と言えずにきたのではないか……と、おれは考えるわけであるがどうだろうか。
けどね、こないだ、おれは「あ」と思ったんだが、あれは十字架だよ。前や横から見てもわかんないけどさ。上から見ればX字型の板を折り曲げたもの、あるいは、十字架を寝かせて置くための台座であるのだとわかる。そう気づいたら、他のものにはもう見えないでしょ。あれは〈ヤマト〉の艦橋や艦長室から眺め下ろしたときに初めてそれとわかる十字架なのだ。
まがまがしく見えて当然。十字架は本来が人を磔にするためのもので、キリスト教だけのものではない。洋の東西や宗教を問わない。〈ヤマト〉は艦首に処刑台を持っていたのだ。
別に悪いことでもないだろ。船の舳先というものは、もともとそういうもんなのだ。映画『タイタニック』の例のシーンだって、あれはヒロインが、船長に逆らって処刑された代わりに船の護り神になった存在を演じてるわけだ。ディカプリオはその磔の台になってる。そこに旅のロマンがある。
古い帆船のフィギュアヘッドなんていうのは全部そういうものであるし、豪華客船の進水式でシャンパンの瓶を叩き割るのも血の代わりだ。船の舳先は生贄がなければいけないものであり、だからと言って本当に人を殺して血を垂らすとそれは呪われた船となるから、なんらかの代わりを飾り、航海に幸あれと祈るのだ。重い運命を背負った〈ヤマト〉が神の加護を願う装飾を必要とするのも当然のこと。
舳先に処刑台がない船にはロマンもないのだ。
むろん、おれの〈ヤマト〉のそれも、航海の成功と乗組員の無事を祈るがゆえの魔除けだ。それ以外の意味はない。『2199』なんか喜んで見てるやつにはこういうのはわからんだろうから、せいぜいおれをバカにしたまえ。そりゃまあ、とにかくあっちの方が、ちょっと見た目にリアルっぽいよな。〈ぽい〉だけで、あれがなんの役に立つのかまるでわからないけどさ。出渕裕はどうも戦艦〈大和〉のそれをプラモの箱絵かなんかだけで見て、これは船を繋留でもするためのものなんだろうな、とでも考え疑い持たなかったのだろう。だからそういうものとして線を書き足し「リアルでしょ」と言っている。これでもうこの三つ〈ひ〉の字を誰もバカにはできないはず、とか……。
まあね、おれも横浜の港を歩いて〈氷川丸〉の舳先から伸びた鎖にユリカモメが止まってるのなんか見たことあるから、泊まった船しか知らないならば繋留具だと思い込んでもしょうがないかもしれない。出渕裕はだからあれを〈フェアリーダー〉と呼ぶのだって知らないだろう。知ってれば英語なんかしゃべれなくてもそれが『牽引するもの』とわかるはず。〈大和〉のそれも拡大図でちゃんと見れば曳航具であるとはっきり知れるのだが。
しかし〈2199ヤマト〉のそれは、どう見ても、そこに縄でもグルグルと巻きつけるためのものというデザインだ。宇宙サルガッソーの回でフェアリーダーとして使う機会もあったのにそれをしないとこから見ても、あれが無用のオブジェなのは明らか。だからあの艦首には、西崎義展がいるんだろうな。ストーカー化した西崎の霊が妄執の縄をあそこに巻きつけて、しがみついて離すまいとしているのだ。そうして船をダメな方ダメな方へ導いている。つまり、あれは〈ダメリーダー〉。ああなんというロマンあふれるリアルな設定……。
とにかくおれの〈ヤマト艦首フェアリーダー〉は髑髏十字だ。「船を正しい方向へ導くための飾り」である。そういうことに決めたので、以後はこれでやっていきます。
作品名:ヤマト空想科学教室13 ヤマトの艦首は折り曲げた十字架 作家名:島田信之