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サニーサイドアップ
サニーサイドアップ
novelistID. 56539
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センパイんとこ住まわせてもらっていーっすか? <前編>

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「って、一舟じゃねーか。腹の足しになんねーし」
「あ、たこ焼きって一舟って数えるんすか? そー言えば確かにこの皿舟の形してるっすね。さっすがセンパイ、インテリヤクザっすね」
「誰がヤクザだよ誰が! たく、言っとくけどろくなもんねーぞ」
 泣きそうに歪む顔を見られたくなかった。倫は和歌子に背を向け、冷蔵庫の中を物色し始めた。料理嫌いな倫は、普段の夕食をスーパーの割引総菜に頼っている。今日は和歌子が来るので直帰したため、冷蔵庫の中には本当にろくなものがなかった。
「あ、アタシ作るっす!」
 倫の背中にくっつくようにし、和歌子が冷蔵庫を覗き込んできた。倫は内心の動揺を必死に押し隠し、
「オマエがぁ? だいじょぶかよ、まともなもん作れんのか?」
 と精一杯訝しんでみせた。和歌子はドヤ顔で
「任して下さい! こう見えてアタシ毎日……」
 と言いかけ、不自然に押し黙った。目の縁がみるみる赤くなっていく。察した倫は、胸の中に渦巻く言葉にならない言葉をぐっと抑え込み、
「……んじゃ頼むわ」
 と言い残し、座卓に座り込んでテレビを点けた。和歌子の触れた背中がずきずき疼く。

「お待たせしましたー」
 5分ほどで料理を作り上げ、和歌子が六畳間に皿を運んできた。キャベツと魚肉ソーセージと卵の炒め物。焦げた醤油の匂いが食欲を刺激する。
「あったかいうちに食べましょ」
 湯気の向こうの和歌子の笑顔が、倫の一番弱い部分をくすぐってくる。どういう表情をしていいかわからず、結局いつもの無愛想な顔で「んじゃ食うか」と箸を取った。口の中で、キャベツの甘みと醤油の塩気が絶妙に絡み合う。
「……んまい」
 無意識に箸が動く。
「うん、うまい」
 気付いたら三分の一ほど一気に食べていた。貪り食いを恥ずかしく感じ、向かいに座った和歌子をちらりと窺う。倫はぎょっとして箸を止めた。和歌子は声も上げず、両目からぽろぽろ大粒の涙を流していた。
「ワコ……?」
「す、すんません。センパイがアタシの料理おいしいって食べてくれるの見てたら何となく……。何でもねっす。さーアタシも食べよー!」
 涙も拭かず、泣き笑いの表情で箸を取る和歌子。倫は堪らない気持ちになって、無言で和歌子の腕を取り、ジャージの袖を捲り上げた。和歌子は凍り付いた表情で、びっくと体を強ばらせた。包帯からはみ出した生々しい擦り傷と、青紫の痣が倫の目に飛び込む。背中に冷水をぶっかけられた心地の倫は、しばらく絶句し、和歌子の腕を見つめ続けた。
「……6月に長袖の訳はこれかよ」
「エヘヘ、大したケガじゃないんすけどね」
「笑ってんじゃねーよ」
 自分でもぞっとするほど冷たい声が、腹の底からわき上がってきた。和歌子は笑いを引っ込めて、座卓の上に視線を落とした。
「いつからだよ」
 努めて平板な声で問う。うまくできているかはわからない。
「……結構、前から」
 俯いた和歌子の口から震え声が漏れだす。その震えはすぐに体中に伝搬し、和歌子の両目から再び大粒の涙が溢れ出した。座卓に広がる涙の海を見つめる倫の心に、怒りと後悔の他に、例えようのない愛しさがこみ上げてきて、堪らず倫は和歌子の側ににじり寄った。そのまま和歌子の頭を抱きかかえ、背中に片手を添えてやる。和歌子の嗚咽が手のひらを通して倫に伝わり、体の芯を震わせる。
「もう、やだ……わがれだい……でず……」
 小さな背中を震わせながら声を絞り出す和歌子。倫は無言で湿った背中をさすり続ける。 

 ホントバカなヤツだよオマエは。バカ過ぎてアホ過ぎて言葉もねーよ。だけど一番の大バカは、こうなることを予期できたのに止める事もできず、あまつさえそんなオマエをいまだに好きで好きでどーしょーもない、未練たらしいヘタレな私だよ。私はオマエに何をしてやれるんだろうな。「可愛い後輩」以上の気持ちを隠したまま。 

 抱きしめる事はできないが触れていたい。

 進む事も戻る事もできない想いを胸の奥に抱えたまま、和歌子が泣き止むまで、倫はその背中を撫で続けた。

 ♢ ♢ ♢

 普段は寝室として使っている四畳半を和歌子に明け渡し、襖一枚隔てた六畳間で、前夜に引き続き眠れぬ夜を過ごした。それでも明け方には浅い眠りに落ち、夢の淵を漂う倫の耳に、やがて聞き慣れない物音が響いてきた。カチッ、トントントン、ジュー。そして鼻をくすぐる甘く焦げた匂い。どこか懐かしい朝餉の気配に満たされた部屋の真ん中にあぐらをかいて、倫は一晩考え抜いたあげく出した結論について、どう切り出したものかと頭を抱えた。
「あ、センパイおはようございます。勝手に朝めし作っちゃいました」
 腫れぼったい目をした和歌子が、どこか吹っ切れたような笑顔をひょいと覗かせた。
「おう」
 何となく気恥ずかしく、顔をあさってのほうに向けたまま短く答える。のそのそ布団を畳み、座卓を整える。和歌子がその上に「味噌無かったんで、味噌汁は無しです」と言いながら、炊きたてご飯や卵焼きなど手早く並べていく。倫はさっきから胸の奥がかゆくてかゆくて仕方ない。それが「嬉しい」という感情である事を、素直になれない倫はなかなか認める事ができなかった。
「ぶっちゃけ聞きたいんすけど」
 そう言うと和歌子は、座卓から一歩引いた位置にかしこまって正座し、神妙な面持ちで倫に向き合った。
「何だよ」
 狼狽を押し隠し、わざと不機嫌に問う。
 和歌子は咳払いを一つすると、

「このままセンパイんとこ住まわしてもらうっつーの、センパイ的にはアリっすか?」 

 真剣な口調で、一気にそうまくし立てた。
 倫はあきれにも似た心境で、不安げな表情で倫の言葉を待つ、和歌子の姿を眺めた。

 私が一晩中考えて、どう切り出そうか迷いに迷っていた言葉を、オマエはあっさり口にできるんだな。

 こうして女同士の奇妙な同居生活が始まった。