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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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10.高寿



2040年4月10日

 高寿は三条河原町の交差点を渡り、寺町通りに出たところでハガキをジャケットの内ポケットから出した。確かこの辺りのはずだが、と年賀ハガキに描かれた手描きの地図を見る。
 その地図はお世辞にも場所を正確に表しているとは言えず、店の場所を見つけるのに多少苦労したが、何とか目的の小さな居酒屋は見つかった。午後五時を回ったばかりで居酒屋に入るには早かったが、既に営業している様子なので高寿は迷わず引き戸を開けて店に入った。
 店内にはまだ客はおらず、店主がカウンターの中の椅子に腰掛けて雑誌を読んでいたが、高寿の姿を見ると、いらっしゃい、と言いかけて途中で言葉を飲み込んだ。
「なんだ、南山じゃないか!来るなら来るって言えよ!五年ぶりか?」
 上山は慌てて立ち上がった。立ち上がると狭い店内では、その長身が際だって見えた。まるでホビットの家に入った魔法使いのようだ。
「すまんすまん。ちょっと驚かせようと思って。もう五年も経つかなあ。でもこの店は初めてだね」
 上山は長身を器用に折り曲げながら客席の方に出て、そのまま店の外に向かいながら言った。
「とにかく、お前が久しぶりに来たんなら、今日はもう貸し切り閉店だ」

「それにしても上山、イタリア料理の店を三店も経営してたお前が、なんでこんな小さな、しかも居酒屋をやろうと思ったんだ?年賀状を見てびっくりしたぞ」
 ほんとうになんでこんな小さな店を、と言いたくなるくらい、十人も入れば満員になってしまうような、ほんとうに小さな店だ。席はカウンターだけなのだが、そのカウンターは普通はテーブルより高くなっているものなのだけど、テーブルと段差もないという、少し変わった構造になっている。つまり、テーブルがLの字になって厨房を囲んでいるだけ、という配置になっている。
 そして厨房の中にも椅子があって、テーブルを挟んで客と向かい合って座れるようになっていた。
 今、高寿と上山は、テーブルを向き合って座って飲みながら話している。上山の背後で鍋やフライパンが火に掛けられていて、時々上山は振り返って調理をしている。
「俺はさ、料理人になって、そのうち店のオーナーになって、さらにその店をいくつか持つようになったろ。店はどこも繁盛して順風満帆だったんだけどな」
 上山は後ろを振り向いて鍋の火を弱火にした。またこちらを向いて続ける。
「ある時、ふと思ったんだよ。俺は料理人になりたかったのであって、社長になりたかったわけじゃない、って」
 上山の猪口が空になっていたので、高寿は黙って酒を注いで先を促した。
「社長になるとな、自分で料理を作るなんてたま〜にしかできなくなっちまってな。ましてお客に直接料理を出して『美味いっ!』って顔して料理を食べるお客の反応を楽しむなんてこともほとんどなくなっちゃってなあ。やってることっていえば、税理士と訳がわからない金勘定をしたり、銀行に行って金貸してくれって頭下げたり、同業者の組合に出席したり、そんなのばっかりだ」
「僕も社長だからわかるよ」
「それで、もう一度初心に帰って、俺が今やりたい店をやろう、って思ったわけ」
「なるほど。これがその店か」
「そういうこと。コンセプトは、『客と店主がサシで飲める店』だ」
 高寿は思わず大声で笑った。
「店の造りすべてがそう主張してるな」

「お前も出世したもんだよなあ」
 上山がしみじみした口調になった。もうけっこう飲んでるはずなのに、ほとんど乱れていない。さすがに「客とサシで飲む」なんて言ってるだけのことはある。
「そうだなあ。僕も自分で絵を描いたりシナリオを書いたりすることは少なくなったな」
「今度、また新作を公開するだろ?」
「うん。来年の夏にね」
「さっき制作発表してたな。ネットで見たぞ」
「ああ、発表が終わってからこっちに来たんだ。どうだ、面白そうだろう」
「ああ、公開されたら観たい、と思った」
 そう言った後で上山が意地悪な目をして付け加えた。
「でも、あのキャッチコピーは酷いな。ダサい」
 高寿はテーブルの上に突っ伏した。
「お前、酷いな!あれは今回のクリップで唯一、僕が自分で手がけたやつだぞ」
 上山はまた大笑いした。
「そうかー、あれがお前の仕事だとしたら、お前もそろそろ引退の潮時かもな」
 容赦ないな。
 上山がテーブルに突っ伏したままの高寿の肩をぽんぽんと叩いた。
「ま、言いたいことはわかるし、ダサいのも見方によっちゃ力強いって言えるかもな」
 高寿は身体を起こして上山に言った。
「お前に俺のあのコピーのすべてがわかってたまるか。それにな」
 高寿はいったん言葉を切ってタメをつくった。
「お前の年賀状に描いてあったここの地図、あれは原始人の壁画レベルだぞ。あれが地図だってことがわかるまでに三年かかった」
 楽しそうに上山がテーブルを叩く。
「いくらなんでもそりゃ大げさだろうよ」

 上山がサバの味噌煮を出してきた。よく人と飲みながらこんな美味い味噌煮が作れるな、と高寿が感心しながらサバを箸でほぐしていたとき、上山がぽつりと言った。
「あの幽霊、愛美ちゃんに似てたな」
「わかるか?」
「ああ、わかるよ。お前が描いたら女性はみんなああなるのか?」
 高寿は首を横に振った。
「いや、うちの若いのが描いた」
「へぇ、それは意外だな」
「なあ、俺、三年前のあれも観たぞ。あの何とかいうタイトルが長いやつ」
 アニメ映画を観て泣いている上山なんて想像したくもないが。
「あれに出てくるエミは当然愛美ちゃんとして」
 上山が高寿の顔を覗き込んだ。
「あの話、ほとんど実話なんだろ」
 高寿はたじろいだ。エミが愛美だということは、上山なら当然言わなくてもわかるとは思っていたが、あんなファンタジーな話を事実と言ったことには驚いた。
「どうしてそんなファンタジーなことを」
 高寿は冷静さを装おうと努力したが、言葉の出だしが裏返ってしまった。
「そう焦るなよ。ひとつずつ考えれば良い話だ」
 上山は手酌で猪口に酒を注いで一息であおった。
「もう三十年も前になるんだな。愛美ちゃんと会ったときは、お前たちがあまりにぴったりはまっていることに驚いた。お前が彼女をナンパして一ヶ月も経っていないのにな。その時は。俺はお前たちがずーっと二人で生きていくんだ、って確信したんだ」
「それが、それから一ヶ月もしないうちにお前は腑抜けみたいになっちまって、聞けば愛美ちゃんと別れたって言う。振られたのかって聞いたらそうじゃないって言うのに、もう二度と会えないって言う」
「外国にでも行ってしまったのかと聞けばもっと遠いところだと言う。じゃあ死んでしまったのかと聞けばそうじゃないと言う。生きてればいずれ会えるさ、って慰めようとしたら絶対に二度と会えないって、他のことはメソメソするだけでさっぱり要領を得ないのにそこだけは断言する」
 高寿の猪口が空なのに気づいて酒を注ぎながら続ける。
「お前と愛美ちゃんのことは、俺にはずーっと謎だったんだ」
 上山は高寿の顔を覗き込んでニヤッと笑った。