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かんだこうじ
かんだこうじ
novelistID. 56170
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三人の男と僕で四人の男

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と或る喫茶店に三人の男がいました。年齢は全員七十歳前後と云ったところか、白髪よりも薄くなった頭が目立つ。三人は小さな丸テーブルを真ん中にして、ちょうど三角形になるように座っていました。男たちの目の前にはそれぞれ、透明なグラスに入った飲み物が置かれており、その横にはタバコとライターがセットにされて用意してありました。
 それだけを見てみれば、何処にでもある年寄りのお茶会に見えて、特別に注目する必要も無かったのだが、唯一つ他者とは全く異なるトコロがその男たちにはありました。それは、彼等全員がそれぞれ違った障害を持つ、障害者だったのである。一人は音を聞くことも出来、話す事も出来るが、全く目の見えない男。また一人は、見る事も話す事も出来るが、完全に聴力を失った耳の聞こえない男。そしてもう一人は、目も耳も健全ではあるものの、何も喋る事の出来ない口のきけない男でした。

「タバコを吸わしてくれい」
 目の見えない男が正面を向いたまま言い放ちました。すると、彼の右斜め前に座っていた口のきけない男が、自分の飲み物が入ったグラスから徐にストローを取り出し、それを目の見えない男の唇にトンと当てました。目の見えない男は、口を優しく開きそれを咥えると、唇に触れる感覚がタバコのモノではない事に気が付き、すぐさま咥えた物を手で掴むと同時に彼は言葉を吐きました。
「これ、タバコと違うわ!」
 口のきけない男は、手を叩いて無言で笑いました。二人のやりとりを黙って見ていた耳の聞こえない男も、その光景を見てにんまりと微笑みました。指の感触を頼りに自分に渡された物の正体を探っていた目の見えない男は、やっとそれがストローであると感付くと、ゲラゲラと声を上げて笑い出しました。――三人の愉快そうにしている姿からは、これが彼等の日常であり、こう云った会話を心底楽しんでいる様子が窺い知れました。
「いいかげんにしてよう」
 そう言いながら目の見えない男が手に持ったストローを前に出すと、口のきけない男がそれを受け取り、代わりに今度はきちんとタバコを一本掴ませました。目の見えない男は持たされた物がタバコだとしっかり確認すると、「火をつけて」と言い、口に咥えました。そして、口のきけない男がライターに火を点けました。
「カチッ」
 その音を聞いて、目の見えない男はタバコに火を点けようと息を吸い込みました。が、一向に火が付きませんでした。それもそのはず、口のきけない男はわざと目の見えない男の届かぬ所にライターを持っていっていたのでした。そんな事とは知る由もない目の見えない男は、懸命に顔を左右に振りながらライターの火を探していました。が、見かねた耳の聞こえない男に「ライターの位置が遠いぞ」と指摘されると、慌てて咥えていたタバコを手に持ち、「やめてよ、ダイちゃ~ん」とツッコみました。
 また口のきけない男が、手を大きく叩いて無言で笑い、そのオーバーな笑い方を見た耳の聞こえない男も続いて、ニヤニヤとほくそ笑みました。
「頼むよう」
 目の見えない男は半笑いでそう呟くと、もう一度タバコを咥え直しました。口のきけない男が、今度は素直に彼のタバコに火を近づけてあげると、目の見えない男は息を吸い込み、やっとタバコに火が付くと、フウゥと美味しそうに白い煙を口からゆっくりと吐きました。が、口のきけない男は、目の見えない男のタバコに見事に火が点いた後も、あえてライターの火を消さずにそのままの位置で灯し続けていました。
「それにしても、ダイちゃんはいっつもボケるねぇ」
 目の見えない男がタバコを燻らせながら、ぼそりと言いました。どうも彼は、口のきけない男の行動に全然気付いていない様子でした。口のきけない男は、“ライターの火を消さずに持ったままにする”と云うボケをスルーされたので、やるせなく静かにライターをテーブルの上に置きました。高齢だと思われる彼の容姿が、そのやるせない表情をより一層際立たせていました。その姿を見ていた耳の聞こえない男は「フフフ」と小さく笑い、自分もタバコを吸い始めました。そして口のきけない男もタバコを吸い出しました…やるせなさそうに。――たった一度、ボケに気付かれなかっただけでこれ程まで落胆すると云う事は、いったい彼は一回のボケにどれだけ賭けていたと云うのだろうか。
 三人全員がタバコを片手に一息つくや、目の見えない男が話し始めました。
「最近ずっとアイアン・メイデンを聴いているよ、わしは」
 何の話かと思えば、音楽の話でした。しかも驚いたことに、イギリスのヘヴィ・メタルバンドの名前が出て来ました。どう見てもだいぶ高齢と思われるお爺が話題にする内容ではありません。が、どうやら相当アイアン・メイデンに傾倒しているらしく、目の見えない男の話しは続きました。
「メイデンの良さは長尺の曲だわな。重厚なサウンドに流れるようなメロディーが、一曲を通してしっかりと主張されておる。それでいて、要所要所で曲を展開させる事によって、十分近い大作でも長さを感じさせないわい。Alexander The Greatとか、Seventh Son Of A Seventh Sonなんかはまさにそうじゃろう」
 口のきけない男は、頷きながら彼の話しを聞いていました。耳の聞こえない男は、時折口のきけない男の様子を窺いながらも、まじまじと目の見えない男の顔を見つめていました。
目の見えない男の話しは、ますます熱を帯びて続きました。
「それでも短い曲がダメと云う事でもなくて、短いのも素晴らしいな。The Trooperは勿論、FuturealもThe Mercenaryも疾走感があって堪らんわい」
 口のきけない男は頷きながら聞いてはいましたが、どうやらその話に興味が無かったようでした。彼は目の見えない男のする話が終わると、急にアゴをしゃくれさせました。耳の聞こえない男はその顔を見るや、吹き出して大声で笑いました。目の見えない男は、突然大きな笑い声が聞こえて驚きました。
「な、なんじゃ! ど、どうした?」
「いやぁ、ダイちゃんが急に変な顔をしたから、ツボに入ってしもた。ハハハハハ」
 耳の聞こえない男が、すんなりと答えました。彼は読唇術が高いレベルで使えるのでありました。
「そんなに面白い顔だったのか。見たかったなぁ」と目の見えない男が悔しそうに、それでいて笑いながら呟くと、口のきけない男も、してやったりと自慢げに笑みを浮かべました。――三人が笑い合い、とても楽しそうに見えました。
 ひとしきり笑い合うと、耳の聞こえない男が口を開きました。
「というか、アイアン・メイデンの話どうでもいいわ。なんか曲名言ってたけど、全然分からん。覚えようとも思わん」
 三人はまた、どっと笑いました。これが三人にとって、何気なくも幸せな時間なのでしょう。
 離れた席からその一部始終を見ていた僕は、「仲良さそうな人たちで、羨ましいなぁ」と思ったものである。あと、「読唇術が使えるのなら、最初のタバコの件もあの人が全部やってあげれば良かったのになぁ」とも思ったのでした。