真っ赤なブドウ酒
「よかった。まだ生きている」
誰かがそう言って、赤頭巾の手を引っ張ってくれました。狼のお腹の中から、木の床の上に助け出された赤頭巾は、思い切り深呼吸をしました。狼のお腹の中は、とても息苦しかったかったのです。
「赤頭巾、無事でよかった」
お婆ちゃんが抱きついてきて、赤頭巾の背中をさすりました。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん。君は狼に食べられていたのだよ」
血のついたナイフを持った狩人は、なぜか怖い顔で言いました。
「おじさん、おじさんが狼をやっつけて、私達を助け出してくれたのね。ありがとう」
赤頭巾は立ち上がりました。足元に、空のバスケットが転がっています。どうやら、お婆さんが食べるはずだったパンは、狼に横取りされてしまったようでした。
「いいから、お婆さんと早く逃げるんだ。この森を出て、二度と戻って来てはいけないよ」
狩人は赤頭巾ちゃんの肩に手を乗せ、強く言い聞かせました。
「よくお聞き。私が来た時、狼はもう死んでいたんだ」
「え?」
「おそらく、毒でやられたのだろう。私は矢に毒を塗る事もあるから、こういう事には詳しいんだ」
バスケットの傍に、ブドウ酒のビンが転がっていました。空っぽで、中身は入っていません。すっかり、なくなっているのです。家を出たときにはビン一杯に入っていたはずのブドウ酒が。真っ赤な、真っ赤な、血みたいな色のブドウ酒が。お母さんが、お婆ちゃんにと用意したお酒が……
『このパンとブドウ酒を、お婆さんの所に届けてちょうだい』
赤頭巾の耳に、お母さんの声が響きます。
『寄り道をしてはいけませんよ。そして、お婆さんに勧められても決してブドウ酒を飲んではいけませんよ。子供が飲む物ではありませんからね』
『ああ、早くお婆ちゃんの病気が治ればいいわねえ。様子を見にいくのも大変だし、これ以上薬代がかかったら、貧しい私達は……』
「食べられたショックで君達が気を失っていてよかった。胃袋のなかで、毒を飲んだら大変だったよ。さあ、二人でお逃げ。お家に戻ってはいけないよ。お母さんに会ってはいけないよ。口を封じられるかも知れないのだから……」