ゴキブリ勇者・医者編
彼らが連れてくる娘も、本当に可愛かった。
俺には彼女を抱っこしてあげることは出来ないが、とても幸せそうで俺も幸せだった。
そんな彼らが帰って、一人取り残された俺は、暗い天井を見上げていた。
「幸せ、なんだよな」
確かめるように呟いた声は、暗い部屋を漂って消えた。
俺はとても幸せだった。
多分、これ以上に幸せになることはこれから先無いだろう。
なのに、なぜか虚しさが胸を覆った。
「ふわぁーあ」
これが俺の背負った業なのだろう。
俺は本当に幸せになる権利などないのだ。
俺にはあの二人を生き返らせるチャンスがあった。
なのに、生き返らせなかった。
俺はまだあの二人を許してはいない。
あの二人も、きっと俺のことを許さない。
だから、俺はこの生き方しかできなかった。
「うーん」
なんだか今日は蒸し暑い。
この季節に熱帯夜というやつだろうか。
水でも飲もうかと思ったが、寝ぼけた俺の頭は眠ることを選んだ。
ずっと寝ていたい。
もう目が覚めなければいい。
毎日そう願っていた。
「起きなさい、アナタ」
遠い昔に聞いたような声が聞こえて、俺はぼんやり目を開けた。
霞む視界の中に、あの人が立っていた。
「ああ……迎えにこさせちゃったのか。
俺はやっぱり地獄行きだよね」
俺は寝ぼけた頭でヘラヘラ笑った。
そんな俺をあの人は睨み付けた。
「私はまだアナタを許す気はないわ。
だから、私とエミの分まで生きなさい。
目を覚ますのよ」
あの人に顔を叩かれて、俺はようやく正気づいた。
そして、部屋が勢いよく燃えてることに気がついた。
このままここにいれば、地獄に行けるだろうか。
しかし、俺はあの人の声を思い出した。
「私とエミの分まで生きなさい、か」
わざわざ俺を起こしに来てくれたんだから、俺も応えなきゃいけないのだろう。
俺は外へ駆け出した。
そして気がついた。あの人とエミの写真を忘れてきたことに。
だが、もう家は燃えてしまった。
二度とあの写真を見ることは出来ない。
「忘れろってことなら、無理だよ」
俺は炎に向かって呟いた。
真っ赤な炎は悲しげに揺らめいていた。
ー終わりー
作品名:ゴキブリ勇者・医者編 作家名:オータ