メロンパン
きつくきつく包丁を握り締めたままのボクは、血を流しうずくまるアイツを呆然と見下ろし続けていた。
こんな姿のボクを、あの人はどう思うだろう。
あの人はなんて言うのだろうとぼんやりと思いながら。
好きなことだけやりたいわけじゃない。
友達と莫迦言って絵でも描いていられるならボクは幸せだなって思うだけ。
学校は別に好きな所じゃないけど、友達とずっと話せるように24時間学校生活が続くなら良いと時々思う。
友達がいればボクは生きていける。
絵が描ければボクは過ごしていける。
あんな所やアイツはいらない。
それとあの人は…。
テーブルの上のメロンパン、ボクの椅子の前に今日も置かれてる。
暖かい食事なんかじゃなくて乾いた冷たいパン一つ。
ちっちゃな頃は好きだったけど、アイツと一緒で今は嫌いだ。
ボクが何をしたと云うのだろう。
ボクが何をしなかったと云うのだろう。
そんなに憎ければボクなんて産まなければよかったのに。
ボクが望んだわけじゃない。
あの人がアイツに望んだだけだから。
お腹が空いてたまらないボクは、喉に詰まりながらそれだけ食べる。
ちっちゃな頃、甘いと思っていたそれはしょっぱい味がした。
やりきれなくて、空の袋をアイツの椅子に向けて投げつけた。
アイツの顔のつもりで。
ひさしぶりにあの人にあった。
朝からテンションが高いボクは、将来を未来を夢を語る。
話を黙って聞いてからあの人は優しく言った。
応援してるからと、あの人は…。
やっぱり嘘つきだ。
そしてやっぱりボクも嘘つきだ。
先のことなど考えられないのに。
今の不安だけで手一杯なのに。
ただ此処の場所から逃げ出したいだけなのに。
あの人は嘘つきだ。
現実主義者の癖に。
夢など見ないくせに。
応援してるだなんて口先だけの癖に。
ボクたちは似ている。
嘘っぱちな言葉だけを夢みたいに語り合って。
ボクはやっぱりあの人の娘みたいだ…。
疲れた。それに…。
今夜もない。ボクのだけ…。
疲れのせいか、色んな想いが零れ続けて止まらない。
なぜ、ボクの分だけないんだろう。
一度や二度、夕飯をすっぽかしただけなのに。
連絡をいれるのをつい忘れただけなのに。
そんなにボクのこと、憎いのかな?
苛立ちもこみ上げてきた。
ボクはまだ、十七なのに。
何もしてもらえなくて。
全部一人でやって。
学校のものさえ、バイト代から出してる。
早くこんなとこから出たい。
そのためには就職して働いて。
…だから、勉強もしないと。
だけどバイトもしないと、学校にさえ行けない…。
眠い。
勉強する時間もとれない。
ああああああああああ、皆しねしねしねしねしね…。
アイツなんか。
優しいだけで何の手助けにならないアノヒトも…。
勉強しなくちゃ。
就職しなくちゃ。
でも、眠い。
眠い。
なぜ、ボクばかり。
なぜ、ボクは生まれてきたんだろう…。
真夜中。
「…ねえ、洗剤の新しいのって何処?」
「…」
「だから!何処!」
「見てわからないの!忙しいのよ!ボス戦の途中なんだから!自分でそのくらいしなさいよ!」
「ちっ…」
なんでボクは、こんな奴から生まれたんだろう。
なんであの人は、こんな、こんな奴を選んだのだろう。
電車賃もくれない。食事一つ作ってくれない。
メロンパンでさえもうくれやしない、こんな奴。
「ああもう!、またアイツぅ詰替のボトル捨てちゃってるう。ほんと嫌い、あの子嫌い、早く家からいなくなっちゃえばいいのにい!」
「…どっちがだよ」
さようなら。
優しかっただけのあの人。
アイツよりは少しだけ好きだったよ。
さようなら
食べづらかったメロンパン。
無いよりはマシだった…。
さようなら、さようなら。
家族だったはずの人たち。
さようなら、さようなら。
帰れるはずだった、ボクの家。
さようなら、ボクはこれから一人でいきます。
何時か本物の家族に出会うまで…。