はじまりの旅
********
クグレックとニタはメイトー神の祠を越え森の奥深くを進んだ。クグレックは整備された道以外を通ったことがなかったので、足場の悪い獣道を通って行くのは正直怖かった。しかも、森の奥に進めば進む程光が遠くなって暗くなっていく。不安ばかりがクグレックを包むが、目の前を歩く白い珍獣を見ると、不安は和らいだ。ニタはこの森のことを知っている。だから、ニタに着いて行けば、大丈夫だとクグレックは信じた。
ただ、クグレックには体力がなかった。彼女の人生は遊ぶ相手もおらず、もっぱら家の中で本を読んだりして過ごし、体を動かして遊ぶことはなかった。既に息が切れて足が痛くなっていた。
「クク、随分疲れてるね。」
「う、うん。こんなに歩いたことなかったから。」
「ふーん。じゃぁ、もうちょっとでニタの別荘があるから、そこで今日は休もう。もう暗くなってきたしね。」
そうして二人が半刻程歩くと、樹齢500年はありそうな大樹に辿り着いた。幹はクグレックが両手を広げてもまだ余裕があるほどの幅である。大樹の天辺は遥彼方にあるらしく、太い枝や葉に遮られて見ることが適わない。
ニタは大樹を見上げながら、クグレックに「ここがニタの別荘だよ。」と説明した。クグレックはきょろきょろあたりを見回すが、家屋らしきものは全く見つからない。ニタはけらけら笑いながら、上方を指差した。
「ははは。ニタの別荘はこの木の上にあるの。ここの木は大きいからね。」
「木の上に?」
「そ、木の上。」
驚くクグレックを他所に、ニタはするすると大樹の幹を登って行き、木の上へと消えて行った。クグレックもその後を着いて行こうと木にしがみついてみるが、木登りなんて生まれてこの方したことなかったので、クグレックは木にしがみついてからその後をどうしたらいいのか分からなかった。
木を掴んで、足を少し高い位置に乗せようとして見るが、体が上がらない。少し登れたとしても、すぐにずり落ちてしまう。ニタが登って行った木の上方を見上げてみるが、ニタが消えて行った場所は遥彼方にあるように見えた。
「ククー、まだ〜?」
太い枝に生い茂る葉の間からニタはひょっこり顔を出して、クグレックに声をかけるが、クグレックは少し登っては落ち、少し登っては落ちという動作を繰り返していた。ニタは憐れむようにクグレックの様子を見つめて、別荘と呼ばれる場所から、ところどころに葉っぱが生えた蔓を持ち出し、一方をクグレックに向かって垂れ下げた。
「クク、この蔓持って登ってくれれば、ニタが引き上げるよー。」
「あ、ありがとう。」
クグレックはニタの言う通りに蔓を握りながら、登っていく。ニタが引っ張ってくれるので、ククはするするとニタの元へたどり着くことが出来た。
ところが太くて折れなさそうな枝の上とは言え、地面から離れていた。クグレックは怖くて枝の上で立ち上がることが出来なかった。そんなクグレックの姿を見て、ニタは困ったように
「ほんとどんくさいね。」
と、言った。
ニタの後ろを這いつくばって着いて行くクグレックは反論することが出来なかった。
枝の上にニタの『別荘』があった。
入り口は薄茶色の皮で出来ており、赤黒い文字で「4」と書かれていた。クグレックは何か不吉な印象を受けた。皮で出来た入り口をめくって別荘の中に入る。
床は竹で出来ており、壁は木の皮がぶらぶらと垂れ下がり、床に紐でくくられている。屋根は大きな葉っぱが何枚も重なっているだけの簡素なものだった。広さはククが横になって眠れるくらいの狭さだった。蝋燭に火をつけて、それを明かりとする。
「夏場は外で眠れるんだけどね。もう冬も近いと寒いんだよ。その毛皮を被って寝ると良いよ。」
「ニタは、寒くない?」
「毛皮は沢山あるから、大丈夫。」
「そう。」
『別荘』には、毛皮の他に、箱があるだけだった。ニタはその箱を開けると、中から、乾燥した肉を取り出した。
「うむむ、ここのご飯は干し肉しかないみたい。悪いけど、これで我慢してね。」
クグレックはニタからカラカラに乾いた干し肉を渡された。ニタが食べるのを見てから、クグレックも干し肉を口にしたが、干し肉はカチカチに固まっていた。何とか一口分引きちぎって食べてみたが、噛むのも大変だった。じわじわと味が出て来るが、顎が疲れて来た。
「ニタ、ここの他に『別荘』はあるの?」
「うん。メイトーの森は広いからね。どこでも過ごせるように別荘を作ったんだ。」
「へぇ。凄いね。」
「ふふふ。ここは別荘4号なんだ。」
ニタは嬉しそうに後ろ頭をかいた。入り口に書かれていた赤黒い「4」という数字は別荘の番号を表しているらしい。
「ねぇクク。」
「なぁに?」
「ふふふ。なんでもない。」
ニタはバリバリと干し肉を食べる。その表情はやはりどこか嬉しそうであった。クグレックも、そんなニタの様子をみて、ほっとした安心感となんだかくすぐったくなるような気持ちを感じた。
食事を終えると、蝋燭の火を消し、二人は就寝した。