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はじまりの旅

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――砂上楼君。忘れちゃいけない、母の記憶。母は大いなる源。あなたの起源を忘れないで。


 闇に飲み込まれたディレィッシュは一瞬意識を手放していたが右手の違和感に気付き、再び意識を取り戻した。聞いたことのない女性の声が聞こえた様な気がしたが、良く分からなかった。
 最早そこには、光はなく、自身の身体すら視認することが出来なかった。
 『罪』に呑まれて、彼は死ぬことも出来ずに未来永劫この閉ざされた空間で生き続けなければならないのだ。この状態をはたして生きていると称して良いのか疑問が生じるところではある。
 彼は、腕に違和感を感じていたので、腕の辺りをさすった。すると、何かが巻き付いている。手の触覚だけを頼りに、腕に巻き付く何かを感じ取ると、それはすべすべとした石がついたネックレスであろうことが分かった。
 なんだか優しい温かみのある不思議な石だった。
 イスカリオッシュを産んですぐに亡くなった先王妃のような優しい温かみだ。
 ディレィッシュはあまりの懐かしさに泣きたい気持ちに襲われた。久しぶりの感覚だった。
 絶望的な暗闇の世界で、彼は微笑み、そして、涙を流した。

――これから生まれてくる弟のこと、何があってもしっかりと守るのですよ。あなたはトリコ王の後継者としてその名に恥じることなく、常に誇りを持って、トリコ王国を守っていくのです。私の大切な可愛いディレィッシュ。

 幼い時の記憶に残る母の姿は、厳しい時もあるが、いつも優しく温かかった。イスカリオッシュを産んでからすぐに病気で亡くなってしまったが、大好きだった。彼は母が残したこの言葉を胸に今日まで生きてきたが、魔に心まで毒されていて薄れていたのだろう。彼は、今、ようやく自身の生きる意味を思いだした。
 愛する母が胸の奥にいたから、彼は今日まで心身を尽くしてきたのだ。
 この暗闇の中で、ディレィッシュは意思を取り戻した。

 そして、死ぬことを決意した。
 
 護身用のナイフを懐から取り出し、鞘から刃を抜き取ると、大声で叫んだ。

「聞こえるか、もう一人の私。私は死のうと思う。だから、最期にお前と会話したい。」
 
 ディレィッシュの叫びは暗闇に吸い込まれていった。魔からの反応はなかった。
 ディレィッシュは力なくため息を吐いて、ナイフを逆手に持ち、心臓をめがけて勢いよく自身の胸に突き刺した。
「ぐっ」
 痛みと恐怖により思わず零れるうめき声。呼吸が浅くなり、一刻も早くナイフを外してしまい気持ちに駆られるが、ディレィッシュは落ち着いて深く息を吸い、ゆっくりと吐き出し、気持ちを落ち着けた。
 再びナイフを握る手に力を込め、更に胸を割こうとナイフを動かそうとしたが、そこで動きが止まった。どういうわけかこれ以上動けないのだ。
 その時、ディレィッシュの目前にディレィッシュが現れた。いや、ディレィッシュの姿をした何かと呼んでいいだろう。それは、綺麗な白のトリコ衣装を身に付けているが、胸のあたりを抑え、苦痛に顔を歪ませている。
「気が狂ったか。やめろ。」
 ディレィッシュに似た何かが言った。
 彼の出現に、ディレィッシュはにやりとほくそ笑んだ。呼吸が荒くなり、脂汗が滴るが、それでも彼は余裕そうな雰囲気だ。
「もう一人の私。会いたかった。約束、していたが、やっぱり私は私の身体を明け渡したくはないんだ。私の身体から私がいなくなり、お前の様なものに譲るのはやはり嫌なんだ。私はトリコ王国の王なのだ。トリコ王国の繁栄と平穏を望む最高の存在だ。それを相反するものに明け渡すことは出来ない。お前に明け渡すくらいならば、私は、ディレィッシュは只今を持って生涯に幕を降ろそう。戦争が始まり、世界の秩序は乱された。困難な局面にあるが、私の弟たちであれば、世界を闇に陥れることはないだろう。状況は良くならないかもしれない。しかし、私ではない、トリコ王国の誇りを持たないディレィッシュが生きているよりはマシなんだ。だから、私は、死ぬ。」
 と、ディレィッシュが一気に言うと、咳き込みながら吐血した。
 ディレィッシュは気にも留めない様子で、口周りに着いた血を腕で拭い、ナイフを再び握りしめる。そして、勢いよく自身の胸から、ナイフを抜いた。
 切り口から血が噴き出るが、ディレィッシュは気にせず、ナイフを目の前のディレィッシュに似た何か――彼自身の魔に突き刺した。先程自分で刺した刺した場所は、心臓に直結していなかった。少し上にずらすと、動かなくなったのは、目の前の魔が急所であると分かっていたから、止めたのであろう。
 彼の魔が反応する前にナイフを一突きする。
 一瞬、彼の魔が不思議な力でもう一度ディレィッシュの動きを止めようと試みたようだったが、ディレィッシュは気持ちでそれを払いのけ、魔の胸にナイフを突き刺した。
「ぐっ」
 ディレィッシュはそのまま魔を押し倒す。というようりも、自身も力が抜けて、魔にもたれかかるようにして一緒に倒れた。
 魔もごふっと咳をして、血を吐き出す。恐怖に引きつった表情を浮かべて。
「…なぜ、お前の行動が俺に直接干渉されるんだ?俺の時は全然届かなかったのに…」
「…それは、私が、トリコ王だからだよ…」
「…俺、死ぬのか?」
「…さぁ。私が、死ぬのであれば、お前も道連れにしたい。申し訳ないが。ああそうだ、ところで、外の世界は、どうだった?」
「希望に、満ち溢れていた。破滅への道を、確実に進んでいる。」
「今、希望と聞こえたが、絶望の間違いではないか?」
「俺にとっての希望も、お前にとっての希望も、同じくらいに溢れている。」
「…深いことを言うね。」
「…」
「…お前は、私だ。人は、誰しも闇を抱えるというのに、私はそれを無視した。悪かったな。」
「…」
「…」
「…俺は、お前のこと嫌いじゃなかったよ。これほどまでに鉄壁の心を持った人間、あったことがなかった。…でも、俺は魔だ。実体が、欲しい。」
「…」
「約束を破ったことは許されない。俺、が許しても、世の中の理が許さない。だから、最期のチャンスをお前にくれてやる。そして、俺は、もうこんなところとは、おさらばする。」
「…」
「最期の力を、貸してやる。ただ、悪魔との契約に、犠牲はつきものだ。その犠牲で十分だから、もう、俺はお前に関わらない。また、別の器を、探そう。」
「…」
「…」
「…」
 ディレィッシュと魔の意識は遠のいていく。暗闇に同じ顔をした二人の男性が血溜まりの中取れている。やがて、その男性の片方が消え、暗闇に存在する男性は一人となった。



作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴