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はじまりの旅

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 クグレックもほっと胸をなでおろした。扉越しでマシアスの声はくぐもって聞こえるが、元気そうであることに安心した。
「二人とも、トリコ王国はどうだ?」
「うん、まぁ、悪くはないね。科学の力は凄いよ。一生いるつもりはないけど。てゆーか、マシアス、なんで黙ってたの?ディレィッシュがトリコ王であること、マシアスが第1皇子だってこと。すごくびっくりしたよ。本当の名前はハーミッシュって言うんだね。」
「マシアスは偽名だ。自身がトリコ王家の人間であることがばれてはいけないからな。…びっくりさせて申し訳なかった。ただ、ディレィッシュ提案でサプライズ形式にしようとしたから、故意的なモノではあったが。」
「めっちゃびっくりしたんだからね。ククなんて、生まれたての小鹿みたいに震えてたんだから。」
 クグレックはトリコ王国に着いた当初に催された祝宴で無理やり着させられた露出の多い砂漠の国の伝統衣装のことを思い出した。今は侍女達が来ている衣装のようななるべく露出の少ない衣装にしてもらっているが、あの時の恥ずかしさはもう2度と味わいたくなかった。
「ははは。本当に田舎モンだな、クグレックは。」
 クグレックはムッとしたが、マシアスの言うことは事実なので、素直に受け入れて何も言い返さなかった。
「王は、どうだ?二人に失礼を働いてないか?」
 マシアスが二人に尋ねた。
「失礼って、あの人は王様じゃないの。…まぁ、変な人だなとは思ったけど。」
「魔法を知りたがってはいなかったか?」
「魔法?」
「あぁ、そうだ。」
「うん。ククもニタも、今は被検体になって、ディレィッシュの実験に協力してるよ。」
 すると、扉の向こうからマシアスの声は聞こえなくなった。
「どうしたの?マシアス。」
「もう、実験に協力してはいけない。」
「どういうこと?」
「…王は魔法によってより多くのエネルギーを生み出そうとしている。建前はより良い暮らしにするために。高エネルギー発生装置でも作ろうとしているだろう。だが、あの人の内心は違う。大量破壊兵器を作ろうとしているんだ。お前たちは王に多くの手がかりを与えてしまった。だから、兵器は完成してしまうかもしれない。だからこそ、これ以上のヒントを与えてはいけない。もう実験に協力してはいけない。」
「大量破壊兵器…?」
「王はプライベートラボにて兵器の開発を個人的に進めていた。だから、ランダムサンプリとの戦争の件も俺達が知らないうちに水面下で動いていたんだ。黒幕はピアノ商会でもない。王だった。王は兵器の実践をするためだけに、ランダムサンプリとの戦争を開始しようとしていたんだ。このことに気付いていたら、お前たちを、トリコ王国に連れてくるべきではなかったし、お前たちのことを王に話すべきでもなかった。最後の詰めが甘かった。」
 事態はきな臭いことになっているということに、クグレックはようやく気が付いた。ニタに至っては、執拗にマシアスの情報を欲していたし会おうとしていた。ニタの持つ鋭い勘が既にこの事態を嗅ぎ付けていたのかもしれない。
「まさか、ディレィッシュがそんなことを企てていたなんて。」
「あの人は数か月前から変だった。リタルダンドから戻って来てすぐ、あの人のラボに行ったら、偶然大量破壊兵器の資料を発見してしまったのをあの人に見られてしまった。それから俺はピアノ商会での傷が悪化したために療養しているという名目で監禁された。」
「じゃぁ、ククがこの扉を開けてあげるよ!」
 ニタが自信満々に言ったが、マシアスはそれを制止した。
「やめた方が良い。お前たちが魔法でこの扉を開けたら、おそらく、セキュリティーシステムが発動するだろう。城中の兵士たちがここに集まる。」
「でも、ここまで来るのに、魔法でセキュリティを解除したよ?」
「…そうなのか?それはおかしい。魔法で解除したとしても、おそらく扉が開いたということは、データに上がり、緊急事態になるはずなのに。もしかすると…、あぁ、そういうことか。」
「どういうこと?」
「クグレックの魔法が高尚なのか、王がお前たちを陥れようとしているのかのどちらかだ。」
 王は、ディレィッシュは、まるで一国の主だと感じさせないくらいに、気さくでフレンドリーだった。確かに変人なところはあるが、それもまた愛嬌だとクグレックは思っていた。それになにより、クグレックはアッチェレの宿屋で会った時の全てを許してしまえる優しい笑顔が忘れられなかった。あんな表情になれる人が、どうして大量破壊兵器を作り、実の弟を監禁するのだろう。もしここにディレィッシュがいて、マシアスとディレィッシュどちらを信じるかと言われたら、ディレィッシュと答えたくなるほどに、マシアスの話を信じたくはなかった。
「ニタ達は一体どうしたら良い?」
 弱弱しい声でニタが尋ねた。ニタも想定外の事態に憔悴している。
「イスカリオッシュに助けを求めろ。アイツならば、いや、俺を除けば今トリコ王国にいる中で、あいつだけが、ディレィッシュに意見を言える立場の人間だ。イスカリオッシュは、俺が幽閉されていることを知らない。俺の体調が良くない程度しか知らないだろう。」
「分かった。新年会にイスカリオッシュがいたから、話してみる。」
「あぁ。よろしく頼む。…王には気付かれないように。気をつけろ。」
「分かった。」
「健闘を祈る。」
 ニタとクグレックは背を向けて、金細工と極彩色の細密彫刻が模られた荘厳な扉から遠ざかって行った。
 新年を迎えて賑やかに騒いでいる新年会会場へ戻るが、そこにはイスカリオッシュの姿はなかった。会の最初にディレィッシュの挨拶の後に、イスカリオッシュの挨拶があったので、確かにこの会場にいたはずなのだが、どこにも見当たらない。
 ディレィッシュは相変わらず楽しそうに新年会を楽しんでいるというのに。
「お前達、何を探しているんだ?」
 二人の前に王の側近クライドが現れた。相変わらず冷たい眼差しを二人に向けて来る。
「え、うん、イスカリオッシュはどこいったのかなって。」
「イスカリオッシュ様は北部エネルギー発電所に向かった。北部エネルギー発電所は辺境にある。そこで新年早々勤務している者達を泊まり込みで慰労するのが、毎年彼が行っていることだ。物好きな方だ。」
「泊まり込み?」 
 ニタとクグレックはお互いに見合わせた。イスカリオッシュにはすぐに会うことが出来ないことが判明したからだ。
 困ったような表情を浮かべる二人にクライドは眉根を寄せた。
「イスカリオッシュ様も優しいからお前たちは勘違いしてしまうだろうが、あの方もトリコ王家の血が流れる方だ。そう易々とお前たちに時間を与えてやれるわけでもない。」
「む、む。そうだけど…。」
 クライドに正論を言われてしょんぼりとするニタ。
 その後、何故かクライドは二人のそばを離れることなくいたので、なんとなく色々と詮索することが憚られ、二人は成す統べもなく、ただ新年会を楽しむことしかできなかった。ただ、料理はおいしかった。


作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴