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長谷川廣秀
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法曹の世界へ

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法曹の世界へ
                   長谷川廣秀

昨年、異動の辞令を受けたが、今回の異動は、青天の霹靂であった。異動は今までも何度か経験をしているのだが、今回の異動に限っては、良いこととは考えられなかった。一昨年、追突事故に遭ってむち打ち症になって以来、会社の業務に対するアウトプットが下がり、また、調子が悪い時など病院に寄って治療を受けてから、会社に出社するなどの変則的な勤務を繰り返していた。そのせいもあって、今回の異動の辞令を受けるに際して、何か良くない事を言われるのではないかと内心ビクビクと緊張していたのである。
 辞令は開発部から、知的財産部へと異動せよとの辞令だった。
開発部には8年間在籍しており、それ以前には、製造技術部、表面技術開発部に在籍していた。転職してこの会社に入る以前の会社でも、技術管理部に所属し、生産技術や研究開発に関わってきた。要するに、大学で理系に進んで以来、ずっと技術畑を渡ってきたのである。自分はエンジニアとしてもの作りに関わる仕事をしたいと思っていたし、液晶パネル、めっき、フレキシブルプリント基板と幾つかのもの作りに携わってきた。それが知的財産部への異動となると、明らかに自分の将来のキャリアプランが変わるのではないかという一抹の不安があったし、開発部から知的財産部に異動するということは一種の左遷ではないかとも考えた。異動の理由は知的財産部の強化と聞いたが、事故に遭って業務上に差し障りが出たことが理由ではないかと思えたのである。
 しかし、不安に思っても仕方がないし前に進むしか、現在を変える手段はない。退路をたった背水の陣の姿勢で臨むと前向きに自分を鼓舞した。
知的財産部への異動は、社内転職とも言うべき一つの冒険である。およそ未知の領域に、40歳を越えた今、また乗り出すこととなった。
知的財産と言うものは、一般の人にはなじみが薄いものかも知れない。少々、難しい面もあるが簡単に説明する。
1)知的財産とは、人間の知能的活動によって生み出された成果物、すなわち情報の事である。しかし、逆は必ず真ではなく、人間が頭脳によって生み出した情報がすべて知的財産であるとは言えない。
この人間が生み出した形の無い、無体の情報に排他的な支配権を与えようというのが知的財産権法であり、文化的創作活動によって産み出された表現を保護するための著作権法、産業上利用できる技術思想(発明)を保護する為の特許法、発明よりレベルの低い技術思想である考案を保護するための実用新案法、工業的デザインを保護するための意匠法、流通過程で商品やサービスの出所の識別機能を果たす商標を保護するための商標法があり、さらに植物新品種を保護する種苗法や半導体レイアウトの創作を保護する半導体集積回路配置法があるほか、紛らわしい商号の使用を規制する商法12条、これらの法の間隙を埋める法律として不正競争防止法がある。
知的財産部における業務活動では、これらの知的財産法に精通しつつなお且つ、自然法則を利用した知的創作物である発明や考案を理解する為の自然科学系の知識を必要とすることになる。
自然科学系の知識は、技術系を渡って来たこともあって、一定の知識を備えていると思うが、法律はなじみの薄い分野だ。実際の実務では、知的財産法のみでなく、技術契約を取り扱うための民法なども必要となる。法体系の理解から、個別の法の取り扱いまで、法曹としての能力を備えることが必要となった。
 異動が決まったその日、Amazonで特許法に関わる書籍を探し、すぐに発注をかけた。数日後に書籍が手元に届き、早速読み始めたが、まずは法律用語というもののとっつきにくさに、唸り声を上げた。勉強しながらも、考えが色々と巡る。世の中に、法律の専門家が必要なのは、その公平性を担保するため、このとっつきにくい法律用語を自在に使いこなし、理路整然とした法体系を作りあげる必要があるからではないだろうか(法律の条文は、用語は難解だが、その記述は理路整然とまとまっている)。そんな風に思えた。また、法律とはなんで必要なのかという疑問も湧いてきた。学生時代に社会思想史で習ったトマス・ホッブスの「リバイアサン」、「自然状態」、「万人の万人に対する闘争」、ジョン・ロックやモンテスキューの「三権分立」、マックス・ウェーバーの「権力とは正当な暴力機関である」そんな政治学のキーワードを思い出して、考えこんだりもした。
 とにかく必要な事は、この法律用語を身体にしみ込ませて、覚え慣れることである。毎日、ひたすらに繰り返し、繰り返し読んでいくしかない。難しい課題に取り組む時、私がとってきた方法は継続して取り組み、少しでも前に進む事だ。出来ない時は同じ事を繰り返す。今日は、昨日よりも何かが違っている、明日は今日よりもまた何かが違っているだろう。そう思い、感じながら一歩ずつでも進もう。
2015年の5月現在、異動して正味9ヵ月になる。職場での人間関係が良好な事も幸いし、仕事を教えてもらいながら、徐々に知的財産の実務に慣れてきた。仕事をやることも楽しく感じている。通信教育もこなしながら、知的財産関連の書籍も、特許法、著作権法、商標法と読み進み、今は意匠法を読み込もうか考えているところだ。近々の目標としては、知的財産関連の資格取得を考えている。知的財産管理技能士や弁理士資格などの資格があるが、まずは知的財産管理技能士だろうか。加えて、将来どうしたいのか、どのようなキャリアを積んで行きたいのかと言うことも徐々に考える事が出来るようになってきた。自分に変化が現れてきた兆候であろうし、好意的に捉えられる事象だ。現在の取り組みを継続して行くことが、未来を変える手段となり得るはずである。
 会社の昼休みにスマートフォンを弄っていると、産経新聞のWeb記事に、2)「50代で人生終了モードの人と、楽しく働きつづけられる人の違いとは?40代は冒険しろ!」
という題目がついた記事を見つけた。40代では、自分の専門分野から飛び出し、他分野の世界とつながって大きな構想を育む必要がある。居心地の良い範囲内で終始してしまうのではなく、あえて火中の栗を拾い、修羅場をくぐり抜け、決して楽ではないが、知を貪欲に広げて行く道に進む事が大事であるそうだ。
 そう考えると、今回の異動で自分の世界が広がって行く事は、また幸いな事であったと前向きに捉える事ができる。
生きて行く上で必要な大事な事の一つには、身体の管理とともに、自分の精神をどのように管理し、そしてコントロールして行くことがあると思う。その為にも、自分を見つめる機会を持つことが必要だ。今回、異動に直面し、またその事に思い至った。自分のこれまでを思い返してみると、20代は不本意であった。体調が崩れ、治療する必要があった。その為か、就職が上手くいかない、恋愛も上手くいかないと周囲を余所に地べたを這いずり回るように過ごさねばならないという時期があった。
しかし、与えられた自分の運命を認め、過去から未来へと続いていく、生の持続の中の今を生きている。将来、今回の異動というものもその持続の中の一つの変化点であったと考えるかもしれない。







参考出典
作品名:法曹の世界へ 作家名:長谷川廣秀