怪我猫看病記 ~とら~
また怪我猫
2008年10月7日(火)
夕方のことだった。
うちの店の前の道路の反対側路肩。
3人がかりで歩道との段差のきわを逃げ回る子猫を追いかけている人たちがいた。訪問介護のワゴン車がとまっている。私はその瞬間を見ていなかったのだが、夫によると、また猫が轢かれたらしい。私は、タオルを提供しようと奥に引っ込んだ。
そのわずかな間の出来事だった。
彼らは、捕まえた子猫を、前の公営住宅の植え込みにポイッと投げて行ってしまったのだ。
道の向こう側のことだったので、よくは見えなかったが、少なくとも、出血と骨折はしているようだ。 まだ、かなり小さい子だった。
私も夫も保護することに躊躇していた。3匹目は飼えない。経済的にも、引っ越すことになったとき、住まい探しが困難になるだろうから。 でも、天気予報では、これから雨。今は元気でも、このままでは死んでしまうかもしれない。
どうするか迷いながらも、探しに行ってみたが、見つけられなかった。隣は公園。どこかに逃げてしまったのだろう。
残念だが、縁のなかったものと思うことにした。
案の定、小雨が降ってきた。じきに止んだが、雲は先刻より黒く広がってきている。これから本降りになりそうだ。
日も沈み、すっかり暗くなった頃、鳴き声が聞こえてきた。意を決した。時計を見ると、かかりつけの動物病院は受付時間を過ぎている。
駄目もとで電話した。
受け入れOKの返事をもらえた。ただし、そんなには待てないとのこと。
急がねば。
声はすれども見つからない。
捜す、捜す。植え込みの中。
やっと見つけた、公営住宅の壁と、割れた植木鉢の積んである隙間。
子猫なのはわかっていた。
が、遠目から見た感じ以上に小さい。
暗がりで、手当たり次第に怪我の箇所を掴んでしまうのを恐れたために、逃げられてしまった。 散々探した挙句、やっとエアコンの室外機の下の草むらで発見、保護に成功。
タオルにくるみ、ダンボールに入れて、怪我の様子も確認せず、車に飛び乗った。
先生も、助手の若いお姉さんたちも揃って待っていてくださった。
私も、はじめて傷の状態を目の当たりにした。
植え込みの中を逃げ回ったので、泥が入った傷口、あらぬほうに曲がっている前脚。
体重540グラム。骨折箇所イコール裂傷箇所ではない、不思議な傷の負い方だった。
鎮静をかけ、レントゲン撮影。右尺骨及び橈骨(とうこつ)骨折、右上腕部裂傷。裂傷部を洗浄・縫合、骨折部を包帯で固定。抗生剤点滴。
こんなに小さい子の骨折というのは、ふつう、ないので・・・今後、この骨接ぎをどうするか・・・と、ドクターも思案顔だった。今日のところは、これで様子を見ることになった。
輸液したけれども、食べられるようなら食べさせるように、と戴いてきたのは、こんなときお決まりの高栄養療法食a/d缶だ。
帰宅後深夜になって、食べさせたら6分の1ほど食べた。傷が痛むのか、母恋しさか、夜中じゅう、みーみー鳴いている。体重からすれば、8週令くらいか、とのことで、やっと離乳したかどうかくらい・・・どろどろの猫缶が食べられるなら、楽で良い。
10月8日(水)
朝4時ごろ、あまり鳴いてうるさいので、牛乳(我が家は低脂肪乳しか買わないので低脂肪乳)をスポイトで飲ませたら、10mlくらい飲んだ。
一般に、猫には、特に子猫には、牛乳を与えるなと言われる。専用のミルクを、と。
確かに、消化不良を起こす場合も多いようだが、かかりつけの獣医も私も、少しなら、下痢しないなら、与えても良いのではと考えている。
もちろん、牛乳だけで栄養を摂取させるのではない。
様子をみながら、あくまでもちょっとだけ。
朝、8時半ころ、a/d缶を食べさせたら、4分の1量ほど、抗生剤の内服薬(粉)と混ぜて食べた。
昼、夜も、同じくらい。
排便1回。排尿4回くらい。ごく、正常のようだ。
水曜なので、動物病院はお休み。
スーパーで、子猫用の総合栄養食のウエットタイプを探すが、種類が少ない。カルカンとフリスキーのレトルトパウチ、モンプチの子猫用の缶詰を買ってくる。
痛いのか、母猫が恋しいのか、しきりに鳴く。
先住猫ミシェルがシャーっと威嚇する。
うちには先住猫の二匹のメスがいて、三毛猫みーやと白猫ミシェルでは、ミシェルのほうがおっとりしているし、飛び乗ったりしないので(だから、おデブ)、ミシェルと一緒の部屋にして簡易ケージに入れて見たのだが、ミシェルにとっては受け入れがたいことのようだ。
今後、どちらの部屋で過ごさせるか考えものだ。
簡易ケージを置いた場所は、ファンヒーターの定位置なのだ。今はまだ秋だから良いけれど、もう少ししたら、移動しなければならない。
10月9日(木)
食欲は旺盛だが、便が少しゆるくなったので、牛乳を与えるのはやめる。
抗生剤のせいでゆるくなることもあるということだから、一応様子を見るに越したことはないと判断した。予定でもあったので、動物病院に連れてゆく。
初めは鎮静かけずに行うと言っていたが、あまりに元気なので、鎮静かけて消毒、包帯で再び固定。化膿してきているので、骨折のほうの処置はまだで、包帯で固定しているだけだ。
オスと判明。下痢止めが処方された。
今後の治療方針について医師よりいくつかの提案があった。
先生によると、こんなに小さい子の、こんなに複雑な骨折のオペの経験はない、とのこと。
冒険にはなるが、うまくいけば、完治も夢ではない、と。
あの時、あの人たちに任せず、躊躇せず、路上にいるときに保護していれば。
傷はもっときれいで、化膿せずに済んだに違いない。
悔やまれてならない。
保護するなら、もっと早く、そうすれば、先生方だって、本猫だって、楽だったのに。
悔やんでも仕方のないことなのだけれど。
母猫を求めて鳴くのか、傷が痛むのか、見知らぬ所へいきなり連れてこられた不安からか、
初めの2日間は鳴きっぱなしだった。声がかれるんじゃないかと思うほどに。こちらが切なかった。
今日はかなり落ち着いて、元気は元気で、a/d缶や子猫用のレトルトパウチの餌をがっついて食べている。体重の1割ほどのレトルトをあらかた完食したのには、もう、びっくり。
10月11日(土)
裂傷の化膿の状態が落ち着いてきたので、骨折箇所を固定する手術をすることになった。
かねてから、提案のあった、骨に沿ってピンを埋め込む方法と、ピンを串刺しのようにして骨を固定する方法のうち、 後者を採用することになった。 術後はそのまま、入院なので、預けて帰宅した。
先生も初めての、これだけ低月齢の幼猫の複雑骨折の手術。
ちゃんとつながるかどうか、神経が損傷しないかどうか、日常生活に支障のないように治るかは、神のみぞ知る。 もちろん、麻酔のリスクもある。
夜、手術の終了、全身状態が安定していることの丁寧な報告の電話があり、ほっとする。
作品名:怪我猫看病記 ~とら~ 作家名:白久 華也