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「普通」でいいから

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「上田さん、ちょっと話、いい?」
「え?はい。」
新店のコンビニ(某○ーソン)でオープニングスタッフとしてアルバイトを始め早1年。いつもと違う店長の雰囲気に疑問を抱きながら、上田聡子(45歳独身)はまるまると太った体でのそのそ店長のあとをだるそうについていく。
「ちょっと、これ読んで。」
店長は、一枚の紙を上田に手渡す。昨日の夜、本社に送られてきたメールの内容を印刷したものだった。
      *
○月○日 21時32分 50代 男性
件名:貴店のサービスについて
今日、18時ごろに○○店で弁当・アイスクリーム・ペットボトルの冷たいお茶をレジに持っていき、購入した者です。のですが私のレジを担当した上田(名札をみた)という女性の態度が気になりメールをさせて頂きました。彼女は無言でカゴの中の商品をバーコードに通し、吐き捨てる様に「751円になります」と言いました。私が小銭を探しているのを待つ間、レジカウンターに指をカツカツと鳴らし、『早くしろよおっさん』という風情で虚ろな目でじっと見てきました。いかにも待ってますみたいな態度をとられ、私はアワワと焦りながらも金額を差し出しました。すると上田は大きなため息と共に金をひったくり、商品を袋に投げ入れるようにして私に手渡しました。『お弁当温めてもらえません?』と私が言うと、「はぁ」とめんどくさそうに返事をし、15秒程レンジで温めた弁当を冷たいアイスとお茶と同じ袋に雑に入れ、「はい」と渡してきました。その時間帯、、店内は閑散としており、私の眼にはそんなに急ぐ必要もなく感じられたのですが…。『ありがとうございました』もなく、私はとても不愉快な気分で店を後にし、商品を家に持ち帰りましたが、食べる気にもならず、未だ貴店で購入した商品は全て未開封のまま。かれこれ3時間も私は怒りを抑えられずにいるのです。あの女は何様のつもりなんでしょう?金を返せとは言いませんが、このような失礼な接客をされる貴店ではもう二度と買い物はしないつもりだす。
      *
当然だが、メールを送った男はかなりご立腹のようだ。語尾の誤字が彼の憤慨っぷりを物語っている。店長は真面目な顔で上田に言う。
「心当たりある?」
「はあ…まぁ。」
「君には開店当時から働いてもらっているし僕が不在時の発注管理や若いアルバイトの教育なんかも任せてるけど、こんな対応ではリーダーとして今まで通り君に他のバイトより二十円高い時給で働かせるのは難しい。」
上田は返す言葉が見つからなかった。従業員室に沈黙が流れる。
「うちの会社が先月から始めた接客見直し研修というのがある。明後日にあるし、それに参加してみるか?」
「はあ…なんですかそれ」
「まあ、一回行ってみてくれ。明後日の君のシフトの給与分に組み込んどくから。」
上田はなんと、初めて自分の無愛想が他人をこれほどまでに怒らせていた事に気付く。他のアルバイトより高い時給をもらい、時間帯責任者として誇り高めに働いていた。自分は仕事ができると思い込み、人よりコンビニ店員としての能力に長けていると自負していたこの私が…。このまま店長の信用を失ったままでは八百九十円の時給が八百七十円に降格だ。上田は時給を二十円下げられたくない一心でその研修を受けることを決意した。
研修は難波千日前のとあるビルの会議室で行われた。上田は指示通り、L社特有の青と白のユニフォームを身にまとい、開始までじっと待った。時間になると体のサイズに合わないピチピチのスーツにえべっさん柄のネクタイをぴしっと締めた男が部屋に入るやいなや、
「どうも!今日一日、上田さんと『接客見直し』という名の舟に乗って旅をさせて頂く松本でっす!なんと今日はマンツーマンとゆう事になりますが、ピンチはチャンス!どうぞよろしっく!あれ?ピンチでもないか!ぬあははは!」うすら寒い風が上田の頬を撫でた。

前半二時間はコンビニ接客員としてのモラル指導。七三分けを汗でよりペっとりとさせ、全身全霊でコンビニ店員の極意を熱弁するクソ暑苦しい講義に真剣に耳を傾ける上田。彼女の脳裏には〈名誉挽回〉の四字がひたすらに燃えていた。
「要するにね、センス!接客はセンスなんです!オキャクサマヲ、モテナス、セ・ン・ス!」
上田は、松本のえべっさん柄ネクタイをぼんやりと見つめながら、センスをお前だけには語られたくないと心の中でぼやいた。

昼食休憩を挟み、午後からは接客に必要となる、豊かな感情を引き出すエクササイズ。
松本は、様々なバージョンを想定した挨拶を上田に発声させる。おにぎりの陳列を行っている際のいらっしゃいませ。からあげを揚げながらもお客様の方に目をやり、ニコッと微笑み、いらっしゃいませ。自動ドアを出る背中を名残惜しく見守りつつ、今にも泣きだしそうな表情でのありがとうございます。またお越しくださいませ…等。
「感情をもっと豊かに!内に秘めたるお客様への想いを解放するんだ!」
すぐにはなかなかこの心の歯車が狂ったような男に戸惑いを隠せなかった上田だが、次第に「お客様への敬意の心」を少しずつ通わせていった。
拳を突き上げ、大きな声で、「いらっしゃいませ!かしこまりました!申し訳ございません!お待たせいたしました!恐れ入ります!ありがとうございました!少々お待ちください!」と何度も何度も叫ぶ松本。上田も彼と同じ動作で発声する。そこにボックスステップなんかも加わって、ブラインドの隙間から射す夕焼けが、笑顔で接客七大用語を繰り返し叫ぶ二人の震える二の腕を赤く染めた。
          *
「ありがとうございまぁす!またお越しくださいませぇ!」
上田は店頭で快活に声を張っていた。
ある時は「もしかして、具、迷われてます?」とおにぎりを選んでいる女性客に近づき、「炙り牛カルビなんかどうですか?あちらのスタッフも昨日買って帰ったそうですがすごく美味しくてほっぺたが落ちたとか落ちてないとか(笑)」と、どう見ても落とすほっぺもないゲッソリと細い男子学生のバイトを指さしながら冗談っぽく気さくに語り、店内の買い物に付きまとっては逃げられ、またある時はお惣菜をレジに持ってきたサラリーマン男性に無駄にシリアスな面持ちで、「お客様…この商品はあと一時間経つと五〇円引きになります…もしよろしければ、一度ご帰宅なさられて、一時間後、再度当店にお越しいただき、今買うより五〇円安くなったこちらの商品をご購入されては如何でしょう…?」とむやみやたらな親切を、「いや、大丈夫っす」と返される有り様。
上田がこのように極端に空回り、〝お節介おばさん店員〟へと変貌を遂げて何日か後。店長はまた勤務中の彼女を呼び出した。
 「実はまたお客様から本社にメールが届いてね…いや、あれよ。普通で、普通でいいからさ。」


そんなわけで上田は三日後、「やりすぎ接客見直しセミナー」に参加したのだった。(2015/4/28)
作品名:「普通」でいいから 作家名:konon