33粒のやまぶどう (短編物語集)
「これ、どうだろうか」と短冊を手渡された志ょう、思わずぷっと吹き出してしまった。あまりにも幼稚で、深みがないのだ。まるで写生だ。
志ょうは元妻から寛を奪い取り、一緒になった。そして長年連れ添ってきた。知り合った頃、寛は勢いがあり、ギラギラと油っぽく輝いていた。
あゝおとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
……
日本近代浪漫派の中心的な役割を果たしていた寛は機関誌・明星を創刊した。そして日露戦争に従軍する弟を思う、志ょうの詩を世に出してくれた。
それから志ょうの処女歌集『みだれ髪』をプロデュースし、与謝野晶子としてデビューを果たさせてくれた。確かに夫はやり手だった。
だが、『遮那王が 背くらべ石を……』とは。
この歌にはかってのような覇気が感じられない。志ょうが男の熱き情熱を吸い取ってしまったのだろうか。それにしても結婚後、道理で寛は売れなかったはずだと、志ょうは妙に納得してしまうのだった。
しかし、志ょうは思う。この人は一体……、なんなの? と。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊