33粒のやまぶどう (短編物語集)
「このボール、拓史に渡してやってくれ」
たたずむ幸子に、洋一が白球を握らせてくれた。幸子はこれがその場の成り行きのように、拓史へと駆け寄った。
「ナイスボールだったわ。これで私たちの高校野球はやっと決着がついたのね、ありがとう」
幸子は拓史にボールを手渡した。
だが、「もう大丈夫、あの時の野球は終わったから……」と拓史の歯切れが悪い。
「幸子さん、こいつマジメだろ。だから、このやり直しのストライクを取らないと、次の一歩が踏み出せなかったんだよ。さあ拓史、もう過去はよいから」
そばに来ていた大介が口を尖らせた。それに応え、拓史は幸子を正面に見据える。そして唐突な直球が。
「幸子さん、僕と結婚してください」
そう言えば、拓史はいつもそうだった。幸子は昔と変わらぬこんな拓史に笑えてきた。
しかし、ここは返事をしなければならない。幸子は精一杯の声を張り上げた。
「ストライク!」
母は父、拓史を追って、ついこの間逝った。
今、遼一は父と母の恋物語を知り、熱いものがこみ上げてくる。
そんな部屋に、高校野球の歓声が響き渡っていくのだった。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊