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33粒のやまぶどう  (短編物語集)

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 しゃ〜ん、しゃ〜ん、しゃ〜ん。
 馬鈴を鳴らし、草原を抜け、丘を越えて行く花嫁。
 白練帽子(しろねりぼうし)に紅裏白綸子(もみうらしろりんず)の打掛、下は白袴。その上に、赤子を背負って馬に跨がっている。どう見ても奇妙だ。

 それにしても一体どこへ行くのだろう?
 可笑しなことだが、当の本人は知らない。しかし、馬は百も承知、この道は冥府へと続いていると。

 旧家の一人娘、亜伊(あい)、物心が付いた頃に父母から小馬のエクレウス号の世話を任された。ゆくゆく農耕馬になるはずだったエクレウス号だが、天馬の疾風怒濤のごとく、走る姿は清々しかった。そのためか亜伊はこの馬に尊崇の念さえ覚え、愛情を惜しまなかった。

 亜伊は愛馬と共に育ち、見目麗しき娘となった。当然、生け花などの稽古事が必須。しかし興味が湧かず、いつも馬上の人となり、草原を駆け巡っていた。

 そして、それは初夏のことだった。突然大空に暗雲が立ち込め稲妻が走った。早くどこかに隠れなければならない。されども場所が見付からない。
 ドドドーン、近くで落雷が。エクレウス号は雷が大の苦手。亜伊は気が急った。早く早くとムチを打ち、小川を跳び越えようとした。

 その時だった、川縁はいつも以上に泥濘(ぬかる)んでいた。愛馬の肉体が大きく揺らぎ、それと同時に亜伊は宙へと舞った。そして大地へと身体を叩き付けられた。
 亜伊は痛みで立ち上がれない。されどエクレウス号は亜伊を守ろうと、震えながらもそばにいてくれる。その頭上では容赦のない閃光と天鼓の響きが。そんな疾風迅雷の中から、白馬に乗った若い男が突如現れた。
 男は脅える馬をまず落ち着かせ、雨合羽を亜伊に被せて介抱してくれた。

 亜伊にとって、この男、潤(じゅん)とのまさに運命的な出逢いだった。ここから二人は愛の物語の頁を捲っていくように、この草原で逢瀬を重ねた。結果、自然の成り行きだ、亜伊は身ごもり、ややを授かった。