サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十五話
オレは、もう一つの方法を実戦するため、辺りをざっと見回した。
そして、自分の考えに確信を得る。
「まどかちゃん、少しばかり移動しよう。こっちだ」
オレは頭をフルに働かせて、夢と同じ場所を割り出す。
とは言っても、ほんの数メートル移動したにすぎない。
幸いなことに、雨の魔物は地面にめり込んでしまった剣を取ろうとしてもがいていた。
チャンスは今しかない。
移動した場所は、観覧車……『フィリーズ・ホイール』を背にして、雨の魔物と相対できる場所だった。
「少し動いただけなのに、何か変わるの?」
まどかちゃんは、当然不思議そうにそう訊いてくる。
「うん、おそらく……いや、間違いない。えっと、まどかちゃんはそこでじっとしててくれ」
オレはまどかちゃんを止まらせると、そのままくるりと背を向けた。
すると、ちょうど目の前に、うまく雨の魔物を見ることができる。
そして、今まで止んでいた雨が、また降り出し始めた。
「あ、雨が」
「うん、夢と同じだ。これで間違ってない」
雨はきっかけだった。
全ての始まりを示すもの。
あの夢でも、確かに雨は降っていた。
しかし、夢は夢であり、現実は現実。
オレは、そんな簡単なことにも気が付かなかったんだ。
夢は、つぎはぎだらけのストーリーを、さも同じ時間枠のように見せてくれるけれど。
本当は違うんだ。
そのストーリーは、ずっと同じ時間枠と、同じ場所で起こっているわけじゃない。
メリーゴーランドで、まどかちゃんと再会した時。
オレは夢と同じだと思っていたが、実はそうじゃなかった。
……答えは、そこにある。
「ヴァオオオオーンッ!」
雨の魔物は咆哮をあげ、ついに剣を抜き取り、こちらを見てきた。
いや、顔が向いただけで、その濁った瞳が本当にこちらを見ているのかどうかは、知りようがなかったけど。
オレはそれでも、雨の魔物から視線を外さず、じっと見据える。
そして、背中越しにまどかちゃんに言った。
「まどかちゃん。これから何が起きても、声をあげたり、視線をオレの背中から逸らさないでいて欲しいんだ。何があってもだ、お願いできる?」
「うん、分かったよ。雄太さんを、信じるからっ」
まどかちゃんは、祈るように両手こぶしを握り、意気込んでそう言ってくれる。
「うん、信じてくれ」
オレは、そんな頼もしいまどかちゃんに笑みでそう返すと。
その言葉を最後に口をつぐみ、手を軽く広げた。
そして、ただまっすぐに、雨の魔物を見続ける……。
雨の魔物は、それをどう思ったのかは分からない。
ただ、動こうとしないオレたちを見て、すぐに剣を構えてこちらに突進してきた。
しかしオレは雨の魔物が近付いてきても、動きを見せない。
ただ、じっと見据え続ける。
一瞬が勝負だった。
とにかく、限界ぎりぎりまで引き付けるんだ。
と。
(来るっ!)
視線を向けなくても分かる、雨の魔物とは比べ物にならない大きさの何か。
それでもオレは動かない。
「ヴォオオオッ!」
そして、雨の魔物が剣を振りかぶって、今まさにオレに叩きつけんとする瞬間。
オレはその剣を持つ腕に向かって跳躍した。
重さにより勢いのついた剣は、オレの突然の反応に軌道を変えられず、熱い風を伴って皮一枚ぎりぎりの所を通過していった。
その一撃を避けられた雨の魔物は、再びあの不快な超音波を発射せんと口を開ける。
確かに、この至近距離ならただことじゃすまないかもしれなかった。
しかし。
「遅いっ!」
オレは叫び、雨の魔物の肩を踏み台にして、さらにその上へ飛び上がった。
上空で刹那、雨の魔物と視線が交わる。
オレは、そんな天地無用な状態であっても決して眼を逸らさなかった。
それがオレの作戦であり、決意だった。
……そして。
それだけで意識が飛んでしまいそうな大きな破砕音が木霊する。
その時、音とともに巻き上げられたオレの視界に入ったのは。
昏い雲が埋め尽くす空と、屋形船と呼ぶのもおこがましい、巨大な帆船。
『ニーズ・ユーズ・ボート』、だった……。
(第26話につづく)
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十五話 作家名:御幣川幣