オレンジスピリット
収穫の時期の無い果実がある。夜の闇の中でひっそりと実っている。不倫という名前がついてるそうだ。いつでもどこでも、もぎ取れる。
過去に誓った愛に飽きた人。その人にだけ、その果実を見つけることができるそう。
闇の中で囁き合う声は、男も女も渇いている。
裸体のように露わになった果実を前に、
「愛してる」
を、誰に囁く?「いただきます」のかわりに。
男と女の手が忙しなく交錯している。右手で欲望という名の皮を、左手で世間体というステッカーを、剥いたり貼ったりしていた。
初めは恐る恐るだったかもしれない。だから言葉が少なかった。ヘマをしたくなかったかのかもしれない。
瑞々しい果実で喉を潤す。やがて、「愛してる」とは違ったことを、何か喋りたくなる。
「何もないから」
「誤解だから」
何度、奈月は聞かされたことだろう。
世間体というステッカーを、夫の昌一の左手で次々に貼られていく。
もうボロボロに擦り切れているのに。
甘さに慣れてしまった歯。だらだらと果実を噛み締め、そして虫歯になるの。
愛を誓った筈の、とうに飽きた相手に、虫歯の痛みだけを上手に引き取らせる。相手が望んでなくても構わない。