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私の読む「源氏物語」ー61-御法

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 諸方からの御弔問は、今上帝を第一として、儀礼的なあり来りの作法だけではなく、何回も源氏に申しあげるのであるが、源氏の出家を考える心では、このような心配しての弔問の多くには無関心で、これは俗界の事で源氏は、他人に、自分の気が抜けてぼけている様子を見られたくない。今更自分の晩年になって醜く愚かしく紫に死別して気が弱くなって悲しみ嘆いていて、世の中に背を向けてしまった男よ、と後世まで、言い伝えて残るような不名誉を、気にするので、どうしても出家する事ができず、その上自分自身を思うように動かすことが出来ない心の弱さに悲観していた。
 亡き柏木、夕霧の妻の雲井雁の父である前の太政大臣がいろいろな事柄に対して几帳面に、その機会を逃がさない気性の人であるので、美しさは世に秀でて性格も立派な見上げた女であった紫が、儚くなくなったことを非常に残念で可哀想なことと思い、気を落として居るであろうとしばしば源氏に慰めの言葉を述べに訪れていた。また源氏の息子夕霧大将の母親葵は前大臣の妹で早くに亡くなったのも八月のこの頃であったと思いだし、悲しくなり、「その当時、葵のことを惜しみ悲しんだ人で、父も母も、その外、多くの人も今は亡くなってこの世には居ない。人生というものは、後れたり先だったりすると言っても、時間的にはそれほどの違いもないものだよ」
 と言いながら前大臣はひっそりと静かな夕暮れにじっと物思いに耽っていた。空模様ももう一つさっぱりとしないので、文を息子の蔵人少将に託して源氏に送る。その端の方に、

いにしへの秋さへ今の心地して
     濡れにし袖に露ぞおきそふ
(昔、葵の亡くなった秋までが、今のような気がするので、紫上のために濡れてしまった袖に、更に葵の思出の涙(露)が落ち加わる)

 季節と言い、悲嘆の際と言い折が折である野で、源氏はいろいろと昔のことを思いだし、何となく最初の妻であり、夕霧の母親でもあった葵の亡くなった秋のことが、恋しく思い出されてあれもこれもとかき集めて涙を流し、涙を拭くこともなく返歌を、

露けさは昔今ともおもほえず
    おほかた秋の夜こそつらけれ
(悲しさは、葵の昔と、紫の今と相違を考える事ができないで、大体に秋の季節が、飽き飽きしていかにも恨めしい)

 返歌が悲しい源氏の心だけを訴えていると、前大臣が待っていて受け取られて読まれて、「源氏も気が弱くなったものよ」と、きっと、目をつけられる彼の気持ちを察して源氏は、見苦しくないようにと、気を遣って、
「たびたび御親切な御弔問を戴き嬉しいことです」
 と、御礼のよろこびを書き添えた。
08
 喪服は、「色が浅い薄墨色である」と、かつて、葵上の死の際に、源氏の仰せられた色よりはもう少し濃い色にして、源氏は着替えをした。世の中には幸福であり、立派な人でも、わけもなく、世間から妬まれたり、身分の上の人でも思う存分に思い上がり、人にとっては迷惑なことであるのに、紫は不思議な程まで、何でもないつまらない人にも、好意を持たれ、何でもなく、ちょつとした行為でも、世間にもてはやされて奥ゆかしく。物事の場合場合に応じて、気がきいて行き届き、世に珍しかった、紫の性質であった。縁故関係の、それ程でもないと思う、一般の人までが、紫の亡くなったその当時は、風の音や虫の音に感じて紫を悼み、涙を流さぬ者はなかった。まして少しでも紫と面識があった人は、諦めきれずに時分の心の悲しみを抑えることが出来なかった。だからまして長い年月の間、紫に親しく仕えた女房達は、紫に遅れて、暫くでも生き残った命が情け無いと嘆いて、尼となって近くの山に籠もる者もあった。先の帝冷泉院の秋好中宮よりも、源氏へしみじみと紫を亡くされた悲しい消息が、始終あり、悲嘆の尽きない事などを源氏に伝えてきて、

枯れ果つる野辺を憂しとや亡き人の
       秋に心をとどめざりけむ
(枯れてしまう野辺の草木を情なくつらいと思って、亡き紫上が、秋にを好まなかったのであろうか)
本当のところ、紫上が秋を好まなかった、春好きな理由が、なんとなく分かるようです」

 と書いてあるのを傷心の何も考えることが出来ない源氏は、その文を何回も読み返していた。話し甲斐があり、風雅な方面の心の慰めになる相手としては、秋好中宮だけが身の回りにおるだけであると、少しばかりこの文を読んで、哀しみが紛れるように思うのであるが、紫を失ったことが惜しく悲しくて、涙のこぽれるのを休みなく袖で拭き、返事を書くことが出来ないのである。

昇りにし雲居ながらもかへり見よ
     われ飽きはてぬ常ならぬ世に
(昇ってしまった雲の上の御位(中宮)で御ありながらも、御身(秋好)は、あわれと、私を振り返って見て下されよ、(無常の世のならいとは言え、紫上が、秋に亡くなったから)この秋、私は無常の世に飽き飽きしてしまった事を) 返歌を上包み(礼紙)に包みながらも、まだ源氏は暫くじつと見つめていた。 
 勝れて、はっきりしているとも思わず、自分ながらも源氏は思っている以上に気抜けして、ぽんやりしていると、気づくことがたびたびあるので、それを紛らわすそうと、女房達が居るところへ向かった。仏の前から女房達を去るように言って、源氏はただ一人で、心のどかに落ちついて、念仏や読経を勤める。千年も共にと、源氏は思っていたが、限りある命である、紫と死に別れて本当に口惜しいのである。けれども、紫の亡きいまは、一つ蓮に生を託す極楽往生も、他の俗事に邪せられてはならないように、後世安楽をと、心を込めて願望すること間違いなく熱心で途絶えることはなかった。けれども、源氏が、紫への想いが断ち切れず、愁傷のために出家したと言われてはと、世間の評判を気にして出家を躊躇っている事は、何とも情け無いように見えるのであった。紫の追善供養の事なども、源氏は、明確に指図していないので、夕霧が引き受けて次々と処置をしていった。
 今日は出家しようと、出家遁世を何回も決心するのであるが、そのままの身で月日が過ぎていく、源氏は夢をまだ見ているのである。明石中宮も継母であった紫を忘れることが出来なくて恋しく思い続けていた。
 過ぎてしまう日数と共に、源氏は紫を恋い慕い、紫が比較できないほどいい女であったと、
源氏の寂しさを慰めようと添い寝をする源氏の外妻は、どの女も紫を惜しんで、源氏の悲しみを癒すように床の中で紫の思い出話をするのであった。(御法終わり)