銚子旅行記 銚子からあのひとへ 第六部
列車が到着したところで、まだ乗車することはできない。これから、折り返しのために車内清掃が行われる。乗車開始まで、もう少しプラットホームにたたずんで時間を潰す。先に発車の列車は、日曜日ながらも満員だった。普段ならそれに乗って帰るのだろう。しかし、さすがに今日は余計なお金と時間を費やしてでも座って帰りたかった。
特急列車乗り場の改札口が統合されたことにより、以前は設置されていた特急券用の自動改札機が撤去されていた。特急列車乗り場に出入り自由になった。暇だったので、特急列車乗り場へ入る。まだ車内清掃が続いている。プラットホームを歩いていると、いつも不思議に思う光景が展開されていた。西武線の特急列車は全席指定で、座る場所も確保されている。それなのに、どういうわけか乗車口には長蛇の列ができている。
日本人は〝並ぶこと〟と〝限定品〟が大好きな人間だと、つくづく思う。昨日の東京駅が開業から百周年記念Suicaだって、何であんなに並ぶのかと、テレビを見ていて思った。その件も、今の目の前の列も、僕は見ていてこう思う。
〈馬鹿じゃないの?〉
いずれにしても、席は確保されているのだから、近くのベンチに座って乗車開始の時を待った。
発車の5分ほど前になって、乗車開始となった。馬鹿みたいに律儀に並んでいた人々が乗り終わる頃、僕も列車に乗った。四号車だった。かつてはタバコを吸うことができた車両だけれど、今ではこの車両も禁煙車両に。健康増進法とかいう法律に基づいてのもの。その法律も、喫煙者の肩身が狭くなっただけなので、実質的にはタバコ規制法だなあと。
そういう難しいことはさておいて、缶チューハイを飲んでいるうちに隣にも人が来た。西武線の特急列車は、特急料金が360円と安い。通勤客とか買い物帰りの客の利用も多く、この時間帯は満席必至。朝のように隣を気にすることなく、のんびりと座ることはできない。
それからしばらくして、発車の時刻となった。これから20分間、列車に揺られていれば所沢についてしまう。所沢では土産物を配るために何軒かの飲み屋を回る予定。家に帰るまでが旅とすれば、まだまだしばらく旅は終わらない。今は旅の最終目的地に向かっている途中だ。
車両はほぼ満席。それでも、みんな疲れているのか、ほとんど誰もしゃべっていない。モーターのついていない車両ということもあって、とても静か。時々、後ろの席の女性二人組の声が車内に響き渡る。僕はその二人に言ってやりたいことがあった。
「このバターピーナツくれてやるから、俺も話に混ぜろ!」
そう。今は暇なのである。他人の話に混ざりたいぐらいに。たかが20分、されど20分。
そうは言うものの、何だかんだで列車は確実に所沢駅に近づいている。思い出の江古田も通過しており、高架橋の上を走っていた。練馬駅を通過している時に見かけたのは、未だにここを走っていることが不思議な東急電車だった。時々、西武電車やその東急電車とすれ違いながら、特急ちちぶ35号は闇夜の中を走って行く。高架橋から地上へ下り、保谷の電車置き場の横も過ぎると、所沢駅ももうそんなに遠くない。
もし所沢駅に着くまでが旅だとしたら、今回の旅も終りが近い。本当に楽しい旅だったけれど、惜しいこともたくさんあった。君ヶ浜から犬吠埼が近いことを知っていれば、もっと旅も変わっていた。それに、〝彼〟に再会することもできなかった。そして、あのひとのいない旅だったことは、何よりも惜しいことだった。本当、に次に銚子へ行くのは、いつのことだか分からない。次に行く時には、今日あった全ての〝惜しい〟がなくなっていれば嬉しい話だ。
そんなことを考えているうちに、列車は所沢駅に到着した。プラットホームを歩き、エスカレーターを上がって行く。ほぼ毎日来ている所沢駅だけれど、この時間帯に来ることは滅多にない。いつもとは違う所沢駅のコンコースを歩いて、改札口へ向かった。
僕の家は東口からバスに乗って行く。けれど、反対の西口に向かい、〝プロペ通り〟という商店街を歩いた。この商店街や、その先にある〝盃横丁〟という飲み屋街に、土産物を買った方々がいる。会いたい人はたくさんいる。みんなに会えるだろうか。街は来るクリスマスの色に染まっていた。様々な誘惑のある〝プロペ通り〟を、その誘惑に負けぬよう、心を鬼にして歩いた。
第十五章 エピローグ
その後、土産物は模型屋さん以外のすべての人に行き渡った。もちろん、〝地球の丸く見える丘展望館〟で買った缶詰もあのひとに渡すこともできた。喜んでくれたかどうかは別として……
旅を終えてからしばらくして、とてもショックなできごとがあった。
それは、クリスマスイブのことだった。何となく酒が飲みたくなり、たまに行く立ち飲み屋に入った。何となくカウンターにあったつまみに目をやると、驚くべきものを目にした。そこにあったものは、銚子駅前の土産物屋で買った〝いわし角煮〟だった。
ショックだった。銚子でしか買えないものだとばかり思っていたのに……。動揺している僕に、店を切り盛りするママさんの一言がさらに追い打ちをかけた。
「そんなもの、魚屋さんに行けばどこでも売ってるよ!」
これは、あっという間に過ぎた2014年で最もショッキングなできごとだった。
終わり
作品名:銚子旅行記 銚子からあのひとへ 第六部 作家名:ゴメス