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銚子旅行記 銚子からあのひとへ 第三部

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 駅舎の隅にある待合スペースでぼんやりしていると、踏切の警報器の音が聞こえた。列車が来るようだ。プラットホームへ行くと、1001号車が、そのオレンジ色の小さな車体をゆらゆらと揺らしてやって来た。決して空いてはいないが、それほど混んでもいない車内。聞いていた通り、座席はラッピング電車時代のまま。青い座席には、ゲームのキャラクターが描かれていた。しかし、デハ1000形の営団地下鉄時代の写真が貼られているなどの相違点もあった。
 ドアが閉まり、ゆっくりと、そしてゆらゆらと動き出した外川行きの列車。住宅街の中を少し走ると、辺りの景色は一変する。緑のトンネルの中に入る。この中に、本当は降りたかった本銚子駅がある。
 この本銚子は、〝モトチョウシ〟と読む。これが〝ホンチョウシ〟とも読むこともできる。その読み方が〝本調子〟につながることから、この駅から銚子駅までの切符が縁起物とされている。銚子電鉄では銚子行きが上り列車。〝上りの銚子行き〟で〝上り調子〟というわけだ。他の駅が起点で銚子駅までの切符も縁起物として発売されている。後からいくつか買うつもりだ。
 ところで、この本銚子駅は、その〝縁起物切符〟が発売されているけれど、実は無人駅だ。ここの切符は、犬吠駅などで発売されている。無人駅ではあるものの、駅名が書かれた小屋などがあるので、かつては駅員さんがいたのだろう。小さいながら待合室もあるこの駅は、とても静かな駅だ。誰もいない時などは、本当に別世界に来てしまったような気分になる。いつか幻想小説を書いた時は、ここをモデルにした場面を出したいと思っているほど。本当は、今ここで列車を降りたい。そして、あの幻想的な世界で、ぼんやりとあのひとのことを考えたい。が、列車の本数が少ないというのが現実。断腸の思いで、その風景を見送った。列車に揺られながら、あのひとのことを想うだけ。
 その幻想世界は、あっという間に終わってしまった。気がつけば、キャベツ畑のど真ん中。もうすぐで、笠上黒生駅に着く。ゆっくりと停車したので、もう駅に着いたかと思えば、どこにも駅がない。どうしたものか、と思っているうちに、また動き出した。そのスピードは、歩いてでも追い越せるほど。そのスピードのまま、列車は笠上黒生駅に入って行く。1月の脱線事故は、ここで発生した。負傷者などはいなかったようだが、二週間ほど運休したようだ。その事態の再発を防ぐために、運転も慎重になっているようだ。
 そんなこの駅の片隅には、〝澪つくし〟という名の車両が止まっている。国鉄の二軸貨車を改造したトロッコ風の客車で、水色の車体に青い波の絵が描かれている。今は構造の問題から、客を乗せて走ることができなくなってしまった。しばらくは外川駅の隅っこに置いてあったけれど、いつからかここに移動していた。一度でいいから乗ってみたかったものだ。
 さて、銚子電鉄を走る電車には、〝ワンマン〟と書かれた表示があちらこちらにある。それでも、仲ノ町駅やこの笠上黒生駅まで、車掌さんが乗務することが多い。この列車にも、車掌さんが乗っている。ここで降りるのかな、と思ったけれど、列車は車掌さんも乗せたまま、笠上黒生駅を発車した。またポイントを通過するので、いつも以上にゆっくりと。
 オレンジ色の1001号車は、小さな車体を揺らして、またキャベツ畑の中を進んで行く。西海鹿島駅を過ぎ、関東で最東端にある海鹿島駅に到着。レトロな駅舎のあるこの駅の近くには海があって、かつてはそこにアシカがたくさんいたそうだ。なので、駅名も海鹿島となったようだ。
 銚子電鉄は駅と駅の間も短いので、すぐに次の君ヶ浜駅に着いてしまった。ここは駅舎もない小さな駅だ。3年前に学生時代の先輩と銚子電鉄を訪れた時、そのどこか素敵な名前に惹かれて降りてみた。プラットホームの出入り口には、白亜のアーチが並ぶイタリア風のゲートが建っていたという。しかし、そのアーチも老朽化のため、柱を残して撤去されてしまったそうだ。プラットホームの側壁を見ると、かつては電飾があったようだ。それが撤去された跡とか、あるいはソケットが撤去されずに残っているなど、言葉にできない〝怪しさ〟があった。まるでテレビゲームのステージにいるような気分になった。
 そんな風景がまた見たかったし、駅前にいる〝きみちゃん〟という名前の猫にも会いたかった。それも列車の本数の都合で割愛。いつしか列車は動き出しており、君ヶ浜駅で降りることのできなかった無念をじっくりと噛みしめる間もなく、列車は犬吠駅に着いた。