小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
みやこたまち
みやこたまち
novelistID. 50004
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

退空哩遁走(同人坩堝撫子3)

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 

付録 ダブルエックッス



 般若湯村雨編から突然現れたこの少々偉そうなんだか、下世話なんだか、強いのか弱いのか、善人なのか悪人なのかよく分からない僧のこと、もう少し知りたいななんて、思いません? どうやら村雨の婆とも懇意らしいし、里美ちゃんと知行クンとは敵同士になっちゃいそう。敵を欺くにはまず見方から、じゃなかった、敵お尻、己お尻は百戦危うからずや、道を説く君。ちょっと違うけど、とにかく、あの坊さん怪しい技を持っていそう。でも里美ちゃんの敵じゃなかったみたいで、安心、してばかりもいられないわね。って私はいったい誰でしょう?
 まず自己紹介をしないといけないわね。私、千垣眞魚。職業はダブルスパイ。あ、いっちゃった。聞かれてもいないのに自分からいっちゃった。チャットでもないのに。ラインで友達申請断られたけどツイートしちゃた。まだ始まっていもいないのにもうおわっちゃった。でもそんな汚い手にもめげないで、私は今、里美ちゃんが出て行ったばかりの女湯のお掃除に余念が無い、ってかあるけど。だって、私ダブルスパイですもんね。
 こういう口調、お嫌いですか? 私だってもう十六ですからね。小山田ケイゴくらい歌えるわよ。ああ、まだ帰らないで。お願い。敬語くらい使えるわよって言い直したから。だからさっきのは無かったことにして。私が何を言ったって? 敬語と、小山田圭吾をかけた? そんなこと私が言うわけないじゃん。そんなの、当たり前だのクラッカー。あ、うそうそ。二度目。これが二度目です。二度目でした。ごめんなさい。もうしません。とは、いいきれないな。だって私、生まれたときから客と笑顔とお金を取ってるわけだし、芸歴十六年と十月十日余りなの。だから百戦錬磨よ。手練手管よ。
 私、般若湯に産湯を使い、性と名前はもう言った。人呼んで、「おかみさぁーん。時間ですわよ」
 『眞魚ちゃん。あんたまだそんなとこでモンスターの振り付けの練習うしとるの? 古かねえ。おかあちゃん今、グリーーーーーーーーーンの歌、覚えとるんよ。若かねぇ。あんたもいいかげんに掃除済まさんと、婆に三十六門食らおうもん。ほ』
 ええ、今のが私のおかあちゃん。余所行きに言うと「母」なんだけど、母って顔してないんだなぁ、これが。もう分かったと思うけど、おかあちゃんこの旅館で住み込みの仲居ばしちょるんよ。おかみやないんよ。悲しかね。ここで注意。方言は全てイメージです。注意終わり。お父ちゃんはな、おらんの。ってか、おらんことになっとん。でも私知っとう。こないだとうとう知ってしまったわけさ。え? お前の話はいいから、僧の話を聞かせろ、ですって? もああ。むかつくわねぇ。私だって、好きこのんでこんな千と千尋の神隠しご一行様みたいなとこにご奉公してさしあげていらっしゃるわけじゃなくってなのよう。こおんな、携帯がまだ木で出来ているような、年寄りと坊主ばっかしかこないような、来た客と帰る客の数がいっつも合わないような、今ごろ、香取くんの透明人間を放送してて、それにかぶりついて見てるような、でも夢がモリモリの森口博子は、本当に面白いなって錯覚してしまうようなとこにいたら、私絶対普通の十六歳じゃなくなってるに決まってる。そうよ。家出よ。プチ家出しかないわ。でもでも、駄目なの。このあたりじゃ、家出イコール遭難なんですもの。なんて可哀想なんでしょう。同情って、こういうときにするものよ。あなたがね。さあ、同情してちょうだい。そして慰めてみてちょうだい。都会の慰め方を教えてちょうだい。あーあ。いとしいあの人。お昼ご飯、何獲ったんだろう。
 で、何の話だっけ。もう、すぐそうやって話の腰を揉む。古いよね。ごめんね。つきあいきれないよね。三回目だもんね。うん分かってた。そんなもんじゃないもんね。そう。嘘。ダブルスパイってのも、敵の情報を掴んだっていうのも嘘。みんな一人芝居。夢語り。でぇもさあ、こういうお話作ってる人ってみんなそんなもんなんじゃないの? だったらいいじゃないの。学歴ないし知識は数年遅れだし、肌は透き通るように白いし、鼻はポルトガル人みたいだし、目は大きくてくっきり二重で吸い込まれそうだってよく言われるし、唇はぽってりとしていていつもさくらんぼにキスしてるみたいだねって言われるし、背はまあ低い方だけど、気立てはいいし、ちょっと夢見勝ちで、髪は伸ばすとコテ使ったみたいな癖毛だけど、でも私だって生きてんのよ。文句もいわずに旅館のために朝から晩まで働いて、愛想笑いして枕返しして、帳簿誤魔化して、旦那誘惑して、がんばっているのよ。そんな私がたまたま、ほんのひと時スポットライトを浴びたって、それが贅沢だなんていわせない。贅沢は素敵よ。だからつまりみんなこの宿へ来てってそれだけ、ただそれだけ言いたかったの。若い男、若い女。そうね。お友達になれるような人。うぶでねんねな箱入り娘だけど、遊戯室の卓球台で縦横無尽に打ち合える人。映画、燃えよピンポンを見た事がある人。連絡待ってます。ええと電話番号は、代表で…… 駄目よ。どこのだれが伝言に代表電話番号を残すっていうの。聞いたこと無いわよ。お笑い草ね。とんだ道化師と書いてピエロだわ。
 分かった。分かりましたよ。もう夕食を運ぶ時間なんでしょ。うるさい番頭。あれで私に仕事の厳しさを教えているつもり。ついでに自分がどんだけ仕事が出来るかってことをさりげなくアピールしてるつもり。きしょいんだっての。私がここで一番若いからって、そして二番目がおかあちゃんだからって、しかもおかあちゃんは高齢出産ぎりぎりだったからって、いっつもいっつも私のことじろじろ見て、絶対に無理。あんたとはあり得ない。もしかしたらお父さんかもしれない人となんて、付き合えない。まあ、かっこよければいいんだけどさ。うん。違うよ。あんな腐れへたれ番頭、お父さんじゃないよ。もし…… って考えただけで虫唾が走り抜けていく。ああ、寒い。気持ち悪い。風呂掃除、終わってない。私はもう終わってるっつーの。まじやばい。言ってろって。そうやって一生ここから出られないまま、ぶつぶついう娘になってぶつぶついうおばさんになって、ぶつぶついう婆になって、ぶつぶついう妖怪になってさ。人生って何なのよ。
 私決めた。家出する。里美ちゃんについていく。だから私が知ってるあの坊主の情報、里美ちゃんにだけ教えてあげる。あ・げ・る なんて書かないわよ。私は変わったの。そうですとも。もう十六だもん。冒険してもいい頃。だからお父さん。お母さん。旅立つ不幸をお許しください。眞魚は、今、光輝く芸能界に、打って出ます。そのための家出。そのための里美ちゃん。
 あ。そうそう。
 里美ちゃんって、着やせするんだよ。これ眞魚の情報その一。あとは秘密ってことで。それじゃ、早速、お膳でも運んでくるか。おかあちゃん。掃除終わったよ。