退空哩遁走(同人坩堝撫子3)
「ええまあ。でもその驚きのいずれもが、物語の登場人物以上の驚きではなかったような気がします。今にして思えば、誰かがそういう陳腐な筋書きを書いて、なんとかその筋に彼女を載せようとしているような気がするんですよ。でも彼女があの通りの性格なんで、その筋からはみ出してしまう。生半可な知識、というのは呪術のではなく文学の方面のですが、で、あの人をはめようというのは無理です。そしてその点では、私も同様です。いろいろと同人誌を作ってきましたが、結局陳腐な定型から逃れようともがいて、もがいて、それでも駄目で、という経験がありますので。彼女がどういうつもりかは分かりませんが少なくとも、彼女といると、物語を破っていけそうな予感がする。ですから、私はあなた方の筋書きに載るつもりはありません。ま、どうせ載るなら、霊的エンタテーメントよりも、恋愛小説の方が良いです。そっちの方面は、もっと難しいかもしれませんが」
そいう言ってから、僕はこの着想に我ながら感心していた。僧は相変わらず微笑んだままだ。
「面白い観点です。もう何も申しますまい」
「ところで、今のお話、私は里見さんにしてしまうかもしれませんが、よろしいですか?」
「構いません。どうせこちらの考えなどあの女には関係ないというでしょう。そういう所はあなたのご意見が参考になるかもしれない。なるほど。エンターテイメントですか。いや本当に、面白い」
「では、私は部屋に戻ります」
「いずれ、私も参りましょう」
風呂を出るとき、尻捲くりをした男が数人、浴室へと入っていった。これから風呂の掃除をし、倒れている十四人の男の介抱をするのだろう。玄関先まで二人は並んで歩き、僧は下駄をつっかけて外へ出ていった。僕は階段を見上げてため息をついた。また聞きたいことが増えてしまった。
作品名:退空哩遁走(同人坩堝撫子3) 作家名:みやこたまち