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横断歩道と君と猫

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「紫色の猫が見たい。」
君は確かにそう言った。
なんの事はない学校からの帰り道、いつもより短くさえ感じた信号待ちの隙間に。
僕はたっぷり考えた。
横断歩道を君とゆっくり歩いて、それでもやっぱり、そんな猫いないよ。
白黒のコンクリートを後にし、大きなトラックが背後を通り過ぎる轟音の中で隣を見た僕は、吸い込んだ息をどうしたらいいのか分からなくなった。
君のそんな顔、初めて見たんだ。


次の日の朝、君の席が空白だったことに気付いた僕はっとした。
君の昨日見せた顔と、もう少し前に発した言葉が脳内をよぎった。
仮病を使う日が来るなんて思わなかったな。
通い慣れた君の家まで小走りに向かいながらそんなことを考えていた。


君の部屋は相変わらずだった。
カーテンからベッドまで全て白で統一された室内に一歩入るだけで目眩がしそうな感覚にさえ襲われた。
そしてその中で体操座りをしてぼんやりと天井を見上げる君も、やっぱり相変わらずだった。
とこにも行ってなくて良かった。
肩で切り揃えられた髪がこちらを向いてふわりと持ち上がったのを見た途端、僕はやるせない気持ちで一杯になって。
「外に出ようか。」
半ば叫ぶような声だったかもしれない。


君がどうして素直についてきてくれたのかは分からなかった。
初春の太陽が柔らかく目の前の景色を照らす中、僕と君は手を繋いで歩いたんだ。
君の目はうつろだった。
度重なる重圧をなんとか耐え抜き生きているその弱々しい眼差しに僕は思わず目をそらして繋がっている手を強く握った。


「お願い、紫じゃなきゃ駄目なの。猫を探して。」
気の遠くなるような時間の中、辺りがようやく薄暗くなってきて、君が発した声は胸が締め付けられるほど苦し紛れの声だった。
そこで僕はやっと君の顔を見た。
さびれた電灯に照らされた青白い横顔。
僕は一度目を閉じて、助けを求めるようなその表情を脳裏に焼き付けた。


「自分の心は、他人からしか見えないと思うんだよ。」
僕の声も、心無しか掠れていた。
それでも、君にどうしても伝えなければならなかった。
君は自分を紫色の猫という存在しないものに例えて、ずっと探していた。
自分の事が全て分かる人なんて、そういない。
迫り来る重圧の所為で自分と戦い、怯える君を救いたかった。
「ねえ、僕には君の心がよく見える。」
僕なりの告白のつもりだった。
「紫色の猫って、きっとすごく愛らしいんだろうね。」
夜の冷たい空気の中、僕のぎこちない笑顔を見た君は一度目を見開いて、情けなく顔を歪めて涙を流した。
僕の心も君に見えたのだろうか。
しゃくりあげて泣く君は、それでも顔を上げて下手くそな笑顔を僕に見せた。
それは猫なんかよりずっとずっと繊細で、僕まで泣きたくなったんだ。


また、明日が来る。
君は、どうやって不器用に生きていくのだろうか。
僕は、どうやってそんな君に想いを告げていくのだろうか。
作品名:横断歩道と君と猫 作家名:栗饅頭