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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十七話

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 「……はっ」

 がばっと起き上がる。
 一瞬何をしていたのかを忘れ、茫然自失しかけていたが。
 辺りにまどかちゃんの姿がないことに気付き、大きな衝撃がオレを襲った。

 それは、まるでもともと一つだったものが引き裂かれてしまったかのような感覚。



 「はは。何だよ? 今の……」

 乾いた笑み。
 これが絶望かと、やりきれない感情に押しつぶされながら、改めて辺りを見回す。


 そこには、雨が降った痕跡も、水の渦はあったことも、まどかちゃんがいたことすら幻だったかのように何もなくて。
 気がついたら、土下座でもするみたいに、オレは膝をついていた。


「何だよ……」

 混じるのは悔恨。
 さっき一緒にここを出ると大見得きって宣言していた自分が、とても愚かに思えた。


 「何やってんだよ、オレはっ!」

 ただ拳を、自分を痛めつけるためだけに、白い地面を打ち付ける。
 情けなさすぎる自分に、どうしようもなく腹が立った。


 「初めて……だったんだぞ、生まれて初めて、護りたいと思ったのにっ!」

 そう、初めてだったんだ、こんな気持ちになったのは。
 オレは、今の今まで誰かと支えあい、励ましあい、互いの存在がプラスになるような……そんな付き合いをしたことがなかった。

 機会はあったのだろう。それこそいくらでも。
 ただ、自分から行動を起こすのが、ひどく億劫だった。
 オレにとっては、自分の時間こそが一番で。
 好きな人のために自分の時間を使ったり、気を使ったりすることは、縁のないことだと思っていた。

 どうせいい事ばかりじゃない、出会いを求めて努力してもきっと駄目だろう。
 辛い別れや、ケンカ、気まずい関係になるくらいなら、死んだほうがましだって。
 オレはきっと一人で生きていくんだろうなって、漠然と考えていた。

 
 もちろん、オレだって男である以上、女の子を好きになったり、興味を持ったりはする。
 でもそれは、あくまで自分の内なる世界での話だった。
 
 密かに想うだけなら誰にも迷惑をかけることもない。
 それが一番なんだって言い聞かせていて。


 ―――でも、そんな狭い世界でも、夢を見るんだ。


 それこそ、自分本位だと言われても仕方のない夢だ。
 数多ある幻想的な物語みたいに。
 オレの目の前に現れる、大切な人。
 
 彼女はオレのことを知っていて、何故かオレも彼女のことを知っていて。
 オレは思うんだ、彼女さえいれば、何でもできるような気がする、って。


 そんな、浅はかな……夢。
 ずっとずっと信じ続ける、夢。
 そんな夢が、今目の前にあったのに。
 オレは何もできないまま、手放してしまった。


「やっぱりオレには、資格ないのか……な」

 夢は夢のままなんだと。
 そう考えて、何もかもが嫌になってくる。


 「夢……か」

 そのまま大の字になって弛緩に任せ横たわり、溜息のようにその言葉を発する。
 目の前には、今にも再び降り落ちてきそうな、昏い雨雲が広がっていて……。


 ―――そんなオレの心に映し出されたのは。
 映画のようでいて、現実感のある幻想的なワンシーンだった。


 雨は、まどかちゃんとともにある。
 神秘的とも言える煌きの輪に、包まれ護られて……。
 それは、幻想世界に住まう、メリーゴーランドという名のサーキュレイト。


「そうだ、メリーゴーランドだ……」

 まどかちゃんは、メリーゴーランドの色づくあの場所で、何かを待っているようだった。
 だから……メリーゴーランドの所に行けば、また逢えるかもしれない。

 オレの中で、そんな漠然とした思いが、何故か確信の満ちたものに変わっていた。
 
 あの夢が、オレとまどかちゃんが共有した世界ならば。
 きっと現実にもつながっていると。



 思い立ったら行動は早かった。
 オレは反動をつけ、がばっと起き上がる。

 とにかく一度中司さんたちと合流するために、黒陽石のあるという広場、『フォーテイン』に向かって急ごう。
 二人に会えば、まどかちゃんだってきっとすぐに見つかるはずだと。

 そう、信じて……。



            ※     ※     ※



 どれだけ歩いたかは分からない。
 日も暮れて、空の青色が染み入る血液のような緋色に染まる頃。
 オレはその場所に辿り着いた。

 そして、絶句する。
 目の前には、世界の終わりを示すかのような、夕陽よりもなお赤い光景が広がっていた。


 それはまさに、血の海。
 そのことを理解した途端、腹の底からこみ上げてくるものを、必死でこらえる。

 まだ流れだしたばかり血が発する、むせ返るような臭いの中。
 黒い服の色彩が負けて、赤が支配したかのような塊がいくつもある。

 それ何であるのか。
 心が理解するよりも早く、身体が一刻も早くここから立ち去れと、足を急かす。

 目の前にある現実を拒否しようとしているのに、それでも強烈なインパクトが、瞳を離してくれなかった。


「……あっ?」

 そしてオレは、何か質感のあるものに足をとられる。
 切り刻まれ、噛み千切られたかのような、誰かの腕。

 それと同じようなものが、オレが来た道とは逆のほうへ続く道に、累々と横たわっている。


 「ぐっ」

 一層強くなる、一種の酩酊にも似た血の香り。

 これは、何だ?
 これが、酒池肉林なんだろうか。
 経験したことのない衝撃で、思考がおかしな方向へ狂い始める。

 それでもその塊が……少し前に会った、バスでここに来たらしい人達の成れの果てだと認識した時、その真っ只中、噴水の水に囲まれた、何かの台座のようなものに寄りかかる、白くぼうっと浮かび上がる光が目に飛び込んできた。



 「あ……な、中司さん!」

 さぁーっと一気に血の気が引いていく。
 おかしくなりかけた意識は、中司さんの存在により、逆に留まったようだった。
 その光が、中司さんの足の指に付けられた白いマニキュアだと分かり、すぐにオレは駆け寄っていた。

 投げ出された足は、ぴくりとも動かない。
 変わってオレを襲ったのは、計り知れない恐怖だった。


 「中司さん、中司さんっ! しっかりしてくれ! 何があったって言うんだ?」

 こうすれば起きて、言葉を返してくれるんじゃないかって思い込ませ、オレは中司さんを揺さぶる。


 「うわっ!」

 するとすぐに、中司さん自身のものか、他の誰かのものか分からない血によってオレの手は赤く染まった。

 その赤は、精神を歪ませるには十分なほどの力を持っている。
 その赤に、飲み込まれてしまうのが怖くなって、オレは後ろ手に転がるように後退さって。


 そんな行動が結果的に、オレの命を救った。

 突然、大地が揺さぶられるような音がして、今までいた所に赤黒い何かが突き刺さる!


「だ、誰だっ……!」

 オレが慌ててそちらを振り返ると。
 顔に黒一色……いや、微かに赤黒い、フルフェイスの仮面をかぶった何者かがいた。

 
 それは、黒陽石だ。
 黒陽石の仮面。