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おやまのポンポコリン
おやまのポンポコリン
novelistID. 129
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3番テーブルの客

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「椿浦薫子(つばきうら かおるこ)、あの娘だけは絶対に許さない!」
 ドンとテーブルを叩いたのは、年の頃なら50過ぎ、厚化粧に装飾品だらけのまっ赤なワンピースというド派手な女・美雪だった。

「ほんまどすな。なんであんな娘が増村賞なんて貰えましたんやろ・・・」
 さほど関心なさそうに相槌を打って、串しカツを頬張ったのは、日本髪に着物姿の40代と思しき女・鈴子だった。

 その関心のなさそうな返答に、カチンときた美雪は、
「そうそう、あの娘・・・新曲キャンペーンの場で、着物着た大阪弁のオバチャンといつも一緒とか言って笑いを誘ってたそうよ」
 と、からかった。

「なんですて! それは聞き捨てなりまへんな。私は京都・・・」
「で、売ってるのよね。ほんとは大阪の下町だけど・・・」


「まあまあ、美雪姉さんも鈴子姉さんも、そうカッカせんとくなはれ……」
派手なラメ入りの背広を着込んだ中年の男・吉野が、二人に酌をしながら笑顔を振りまいた。

その様子を見て豪快に笑ったのは紋付き袴姿の、御大と思しき初老の男・丹沢である。

 会社帰りのサラリーマンで賑わう、居酒屋・酒仙楼で、この三番テーブルだけが異様な雰囲気を醸し出していた。

「けど、あの娘はまだ28じゃない! この世界では、まだヒヨッコだっての」
美雪が杯をあおりながらグチった。
「せやのに何が増村賞やねん! 港町テレビの審査員も耳、腐っとるんとちゃうか!」
 と、鈴子もディープな大阪弁で続いた。

「けど、若こうても出世する歌手はなんぼでもおりますがね・・・」
 苦労人と見えて、吉野はあまり波風を立てたくないようだった。

「あの娘はちょっと前まで私達のことを先生って呼んでたのよ。それがこの間、仕事先で一緒になった時私に、すみません茶瓶取って下さい〜って言ったのよ」
「なんやそら、港町テレビのゲストに呼んでもろうたとたん、私らをバカにしよるんか!」
 どうやら二人の怒りは吉野では抑えられそうもなかった。
 吉野はチラリと御大に助けを求めた。

 丹沢はウムとばかりに頷くと、再び豪快に笑いだし、
「そらあ、結構な事じゃがな」
 と、割って入った。
「ここんとこ、ニューミュージックとやらに押されて人気のなかった歌謡界にも期待の新人が出てきたっちうこっちゃ。若いもんが駆けあがって行くのをワシらは喜んだらなアカン!」

「だからって、先生・・・」
 美雪はまだ不満そうだった。

「まあ、薫子が勉強不足というのは分かるが、それは皆で見守ってやればええ。それにワシらの仲間から紅白歌手でも出てみい。いっぺんに注目が集まるがな」

「そうでっしゃろか」
「そらそうですて、鈴子姉さんも・・・。先生の言いはるとおりですがな」
 吉野は丹沢に酌をしながら笑った。

「ウム、これはどうやら面白なってきおった!」
 丹沢がまた豪快に笑った。
 その豪快な笑い声に、先程までグチを言っていた美雪もつられ、
「どうやら新しい波が来るかもしれませんわね」
 と、機嫌を治した。
「そうですよ。我々の方にも、その波がきっとやって来よりまっせ!」
 吉野はそう言って全員で乾杯を提案した。


 まさに椿浦薫子(つばきうら かおるこ)の話題で沸騰といった感がある3番テーブル。
 しかし3番テーブルを除けば、多数のサラリーマンで賑わう居酒屋・酒仙楼の中で、椿浦薫子の名を知っている者など、誰もいなかった。
 
 
      ――― おしまい ―――