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みやこたまち
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トンネル(宇祖田都子の話より)

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宇祖田都子です。おひさしぶりですね。みなさま、お元気でしたか?

 先月はしばらく暖かい日が続いて、寂しい思いをしておりましたが、先週あたりから、頁を吹き戻すかのように、寒さが戻ってきましたね。颯爽と黒のポンチョをはおって、モコモコのニット帽に、ロングブーツといったいでたちで、冷たい西風に向かって歩くときに、喜びがこみあげてしまう。そんな、冬、大好きな私が、枯葉を踏みながら歩くお気に入りの散歩道の途中に、あるスペースを発見したので、ご報告いたします。

 その、お気に入りの散歩道は、私鉄布浜鉄道廃線跡の、綴方守(つづりかたもり)駅と城間(しろま)駅間の約7キロを整備したものだそうです。かつて林業で栄えた山間から、市街のターミナル駅をつないで、丘蒸気が走っていたと、入り口の案内板には、当時の写真と共にありました。台地の西の斜面を削り取るように通る線路の周辺は、ブナやナラの林が連なっています。すぐ脇を走る国道の車どおりが多いのですが、建物と木々がそれらを遮り、たいへんに静かです。線路跡の西側からは、私の住んでいるアパートも含めた町並みを、眼下に広々と見渡せます。レンガ敷きの歩道上に点々と配置されたベンチや、簡単な遊具、鉄道遺構の説明板などは、当時を彷彿とさせる素材や形で統一されていて、とてもシックです。ところどころに、表通りに面した店舗の裏口がひっそりとサインボードを出していたり、裏庭的な空間でティーなどを嗜む人々と目があって、マドレーヌなどをいただくこともしばしばです。歩行者専用で、自転車の乗り入れも禁止なのですが、登下校の時間などには少々注意が必要です。

 上り下りの少ない散歩道にアクセントを添えているのは三箇所のトンネルです。短いのが二つと、それに挟まれた長いのが一つ。オレンジ色のライトが、それぞれの明かりの輪に重ならない程度にボウと灯っています。「ねじりまんぽ」という独特のレンガの積み方で、それほど遠くは無いはずの出口までの距離の検討を狂わせます。

 この長いトンネルの中に、以前は待避所として使われていたらしき窪みがあるのです。そこにはクチナシをかたどったアールヌーボー調のランプがぽっと点っていて、不規則な階段状のレンガが、ベンチとテーブルのように使えなくも無い、といった按配がしてあったのです。しかし、トンネルの真ん中あたりの窪みです。実際にそこに人が座ってほの暗いランプのオレンジにぼんやりと照らされているのを見たら、ヒッと息を呑んでしまうかもしれません。夏はまだ、涼しいからという理由もたちますが、冬の凍えるような寒さの中で、風向きによっては、見えない列車が通過しているのかと思うほどの強風が、吹きぬけていくのです。なので私はいつも、「ここはどうして、アルコーブ風のしつらえをしているのだろう」と不思議に思いながら通過していたのでした。

 その日は風の強い日でした。長いトンネルに入って、窪みの前を、「ここはどうして、アルコーブ風のしつらえをしているのだろう」と不思議に思いながら通過した、その時でした。目の眩むような光が前方から私を通り抜け、ハッと立ち止まったときに、大量の生暖かい空気の塊が、襲ってきたのです。

 私は腰をかがめて踏ん張りました。それは一瞬のことでした。今のはなんだったんだろうと思って、体勢を立て直してふと横を見ると、通り過ぎたはずの窪みの真横に、私は立っていました。「風に煽られて後ろに吹き戻されたんだ」と私は思いました。いつもより暗いその窪みを、改めて眺めてみると、ランプシェードに見慣れたものがぶら下がっています。帽子です。先ほどの風で吹き飛ばされたものでしょう。私の帽子が、クチナシの葉の部分に引っかかって、光を遮っていたのです。私は初めてその窪みに足を踏み入れ、足元の段に足をかけて、少し背伸びをしました。でも帽子には届きません。

 さて、どうしようか、と向き直った時、私は「始めて窪みの中からトンネルを眺めているんだな」と気づきました。
 いつも縦長にしか見たことの無いトンネルを、横方向から眺めてみると、それはトンネルには見えませんでした。レンガ造りの倉庫、隠れ家、それとも、ワインセラーでしょうか。そういえば、どっかの使われなくなったトンネルは、茸の栽培に使われていたり、実際にワインセラーになっていたりするのだと、聞いたこともあります。このトンネルだって、何かに利用できないとは限りません。と私はそんなことを考えながら、冷たいレンガに腰をかけて、限定された視界から眺める新しいトンネルの空間で、とりとめのないことを考えていたのです。

「もしかして、出口も入り口も、もう無くなっていて、このレンガつくりの空間がえんえんと広がっているのかもしれない」とか、
「実は、この窪みはトンネルをy軸上に貫く第二のトンネルとの交点の名残だったのではなかったのか」とか、
「窪みのてっぺんは、トンネル状ではなくて、むしろ煙突みたいになっているなぁ」とか。

 煙突。そうです。高速道路などでは、内部の空気を入れ替えるために空気抜きがあるといいますし、地下道が広がる町では、植え込みのなかに換気塔が立っていたりするのだと聞いたこともあります。この窪みは、換気用の煙突の名残なのではないでしょうか。とすれば、この上に上っていくと、このトンネルを通さねばならなかった元の、山の上に出られるのではないでしょうか。
 と、そこまで考えたとき、私ははたと思い当たりました。

 山間から市街地までをつなぐ廃線跡で、整備をされているのは、市街地よりの7キロほどなのです。三つあるトンネルのうちの短い二つは、道路が線路を跨ぐためのものでした。そして、台地の斜面を削って通した路線上に、これほど長く、くぐらなければならないほどの山なんて、ないのです。
「このトンネルは、いったい何を貫いているんだろう?」

 足元から冷たい空気が吹き上がってきました。敷き詰められたレンガの隙間から、風はタイツを這い登って、私を頭の先まで冷やして上っていきました。見上げると、それまではランプの明かりで気づかなかった小さな三日月型のかすかな明かりが、はるか頭上に見えているのです。私の帽子が視界を遮り、三日月型に見せているので、実は丸い、つまり、煙突のてっぺんからの明かりなのだと、私は気づきました。よく見ようと後ずさりすると、窪みの奥の横が、人一人分の幅でさらにくぼんでいて、不規則につまれたレンガが、手がかり、足がかりとなって、らせん状に、てっぺんまで続いているように見えました。一段、一段。私は上だけを見て、レンガを上っていきました。

 不意に、目の前に帽子が現れました。「私、何してるんだろう」と我に返りました。私は帽子を手にとって、レンガを一段一段おりて、窪みを出ました。あやうく、自転車の中学生にぶつかりそうになったのですが、あちらもさぞ驚いたことでしょう。
 
 トンネルの中ほどに立ち、改めてくぼみを見ると、それは、今までどおりの窪みでした。夕方の匂いが、トンネル内にも漂ってきます。私は思いのほかトンネル内で時間を過ごしていたことに気づいて、あわてて家路を急ぎました。