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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十五話

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 目覚めると、目の前にはのっぺりと白い壁があった。
 その質感は、まるで生きているかのように艶かしい。
 なんとなく気分が悪くなって壁から眼をそらすと、すぐ近くにまどかちゃんが倒れているのが目に入った。

 どうやら、さっき掴んだ腕は彼女のものだったようだ。


「え、えっと。み、三輪さん、大丈夫?」

 心の中では、もうフレンドリーにちゃん付けだが、実際なかなかそうはいかない。
 オレはそう声をかけると、彼女を揺さぶった。


 「う、うーん。名字で呼ばないでよぅ」

 まどかちゃんはうーと唸ってそう呟く。

 
 「あっ、ご、ごめん」

 寝ぼけている台詞かな? だったら答えるのはいけないかもと思いつつも。
 返ってきた言葉にびくっとしながら、オレは反射的に言葉を返してしまった。

 するとまどかちゃんは、スイッチが入ったかのようにはっとして起き上がり、慌てふためいて言った。


 「い、今わたしっ、変なこと言いませんでしたっ?」
 「え……ええと、名字で呼ばないでって」
 「あうっ、ご、ごめんなさいっ。ちょっと勘違い、ううん、寝惚けてて」
 「謝らなくてもいいさ。むしろ、名前で呼んじゃってもいいのかな?」

 まどかちゃんが、こくこく頷いてくれたから。
 オレは調子に乗って言葉を続ける。

 「分かった、じゃあ、『まどかちゃん』って呼ぶよ。オレのことは好きに呼んでくれていいから」
 「あ、じゃあ、『雄太さん』で。もうそう呼ばせてもらってますけど」

 そう言ってはにかむまどかちゃん。
 最初に見た時(といってもそれはオレの夢の中でだが)、もっと年上に見えたけど。
 高校生くらい……だよな。もっと年下って言う可能性もあるけど。
 何となく第一印象で神秘的なものを感じていたから、そんな表情一つとっても何だかさっきから、ドキドキしっぱなしだった。

 と。


 「おーい、雄太くーん! 三輪さーんっ!」

 おそらくはさっきの壁の反対側だろう。
 快君がオレを呼ぶ声が聞こえてきた。


 「こっちだ! ちょうど反対側ーっ」
 「どうやら、また地形が変わってしまったようだけど、大丈夫ーっ?」

 どうやら中司さんも向こうにいるらしい。
 二人の声を聞く限りでは無事のようだった。


 「こっちはオレもまどかちゃんも無事だよ! それより、これからどうしよう?」

 何も叫ばなくても聴こえる距離なのだがなんとなく二人に倣ってオレも叫び返す。


 「なんだ、もう名前で呼んでるのー?」
 「えへへ、うんっ。 そうだよーっ」

 からかい半分の快君の言葉は、何故かまどかちゃんが嬉しそうに言葉を返した。
 どうやら会話に混ざりたかったらしい。
 オレは苦笑して、先を促した。


 「んで、どうするよ? さっき見つけた地図は持ってる?」
 「ええ、こっちにあるわ。……そうね、あくまでこの地図を見ての判断だけど、合流するには目的地の『フォーテイン』まで行くしかないみたい!」


 早いな中司さん。
 もうそんなことまで調べてあったのか。


 「分かったー! じゃあそこで落ち合おう!」
 「うん、じゃあ競争だよー!」
 「負けないわよっ!」
 「輪永拳の心得第一曲目、『最後には絶対愛が勝つ』、だねっ!」

 上から順に、オレ、まどかちゃん、中司さん、快君と、次々に声の応酬が行われ。


 「望むところーって、おい、なんでそうなる!」

 オレのツッコミが終わらないうちに、二人の駆けていってしまう音がする。
 オレは同じくやる気満々の表情を見せるまどかちゃんに、変わらない苦笑を浮かべるしかなくて……。



 
 そんなわけで、まどかちゃんと二人での闇の中の歩み。
 カンテラの数が減っているのか、辺りの暗さが増したような気もする。
 それも演出なんだろうけど、足元はなんだかぬかるんでいた。
 一応絨毯がひかれているわけだから、じくじくしている、なんて表現すべきだろうか。

 加えて、オレの耳を刺激するのは、雨音だ。
 雨の魔物の館という名に相応しい、そんな効果音。

 しかし、最初に足を踏み入れたフロアは、それだけだった。
 何もない、やけに広い真っ直ぐの道。
 がらんどうだ。
 元々あるべきものがないような……もっと分かりやすく言えば、文化祭の終わりの、片づけを始めたお化け屋敷といった感じだろうか。

 もっと気を緩む暇もないくらい、間髪置かず脅かされるものと思っていたので、その辺は少し拍子抜けなところはある。


 それは、まどかちゃんも同じだったらしい。


「何だか静かだね。がらんとしてる。雨の魔物さんもいないし」
「あの動く壁のバランスでもおかしくなってるのかな。脅かし所、全部快君たちのほうに偏ってたりして」

 神隠し、お化けの人も何もかも消えてしまった。
 まどかちゃんの言葉を受けて最初に浮かんだのはそんな事だったけど。
 オレはそれを半ば強引に打ち消すようにして、現実的な落とし所を提案する。


 「う~んと、不公平にならないようには作られてるはずなんですけど……」
 「よく言われるんだよね、オレ。セーフティなヤツだって。オレの前からは、不思議なこととか怖いことって、みんな逃げてくんだ。超常現象研究部なんてサークルに入ってるくせして、こう見えてもお目にかかったことは一度もない」


 それは、そう言ったありえない事を怖がる力が強いから、オレ自身が無意識のうちに回避してしまっているからであると、聞かれてもいないのに自分の事を話し始めるオレ。
 
 それは何より、こういうお化け屋敷が冗談抜きに苦手なせいもあるだろう。
 オレとしては、科学的に証明されようがされまいがあまり関係ないのかもしれない。
 
 エンターテイメントとして、物理的に脅かされるのだって十分怖い。
 だからこんな状況じゃなければ、普通にここへ遊びに来ていたのだとしたら、渋っていたまどかちゃんじゃないけど、ここに足を踏み入れることはなかっただろうなって確信はあった。


 「すごいですねそれって。ちょっといい事聞いたかもです。わたしここ、まともに通過できたことなかったから」

 随分と、安心した様子のまどかちゃん。
 別に嘘をついていたわけではないが。
 そこまで信じてもらえると、いいのだろうかって気になってしまうオレである。

 「……と言うと?」
 「ええと、その、ここってアトラクションに参加しないと反対側にいけないつくりになってるでしょう? それってわたし……従業員もそうなんです。ここを抜けた向こうにも『フォーテイン』って言う広場の中に、花畑があるからお手入れしなきゃって思ってるんですけど……」

 オレの問いかけに、調子よく答えてくれていたまどかちゃん。
 しかし、その言葉はふいに止まってしまう。
 それを口にするのを、躊躇っているかのように。

 交錯する視線。不安げな表情。
 オレは先を促すために頷く。
 もしそれが、オレのために躊躇っているのだとしたら、大丈夫だからって思いを込めて。