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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十四話

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 「ストップ」

 そして。
 そろそろ何かしらのアトラクションが行く手を阻むだろうと予想される場所まで来て。

 オレは低く声を発し、三人を制した。
 四メートルには足りない、後退が必要になってくる、両側の自身の土地をきっちり主張しようとする白い壁が、急になくなっている。

 道が拡幅され、広がっているのだ。
 おそらくその先は広場になっていて。
 件のアトラクションの一つがあるのだろう。

 オレが皆を制したのは、人の気配を感じたからだった。
 それも一人じゃない。
 大勢の、あまり心楽しくはなりそうもない野卑た声だ。

 おそらく、バスの……黒服の奴らだろう。
 壁に張り付くようにして、オレは開けたほうを伺ってみる。

 すると最初に目に飛び込んできたのは、相当に広く高い……大手の量販店くらいの大きさはありそうな、真っ黒な壁の建物だった。
 周りの白壁と対比して、心に染み込んでいきそうな黒だ。

 その入り口らしき所には薄い赤の文字で、『雨の魔物の館』と、ある。
 そのすぐ下、玄関らしき屋根の上には、ここに来て初めて見る(もしかしたら一匹しかいないのかもしれない)三輪ランドのマスコットであるミワが、空ろな目をして座っていた。

 その建物を眺めるように、五人ほどの黒服たち。
 何がおかしいのか、下卑た笑いとともに、ちょっと興奮してるようにも見える。


 「……あの黒い建物は、お化け屋敷か何かかな」
 「えっと、雨の魔物の館、ですよね。わたし、奥まで入ったことがないから……多分そうだと思いますけど」

 一端身体を引っ込めそう聞くと、まどかちゃんもお化け屋敷と言う単語に反応したのか、不安げに頷いている。
 
 ジェットコースターは好きだけどお化け屋敷は苦手か。
 そんなところも似てるのか、なんて思うのは、勘違いも甚だしいかなって感じだったけど。

 
 「あ、あいつら中に入っちゃったよ」

 そんな事を考えていると。
 オレの代わりに通路の先を見据えていた快君が、そんな事を言った。
 
 言われてみれば、黒服たちの姿がない。
 単純にこのお化け屋敷に用があるとは思えないから、おそらくは彼らも目的は同じなのだろう。

 中司さんの言う、隠し財産とやらが目当てなのかもしれない。


 「先越される前に急がなきゃ」
 「いや、急ぐのはいいけどさ。奴らは入ったばかりだし、鉢合わせするかもしれないよ?」
 「その時はその時よ。雄太の格闘技と、私のコレで蹴散らしてやればいい」

 どうやら黒服同士に連携や繋がりはないらしく、最初に接触以降、因縁をつけられるようなことはなかった。
 それを考えると、まどかちゃんにちょっかいをかけてきたような奴らばかりじゃないのかなって気はするんだけど。
 中司さんの目は本気だった。


 「や、オレに期待されても困るんだけど、なんちゃってだし」

 それに元々、人に向けるようなものでもなかった。
 かといって、じゃあ何に向けるのかと聞かれれば返答に困ってしまうわけだが。

 「ん? あれって……」

 と、警戒心の強い小動物のように何かに気付いたらしい快君が、黒い館の入り口付近まで駆け出す。
 そして、しゃがみ込んで何かを拾うと、すぐさま戻ってきた。
 
 それは、砂にまみれたしおりだ。
 オレたちが持っているのと同じもの。

 「これ……」
 「アキちゃんのだ!」

 快君が指し示すよりも早く、オレは叫んでいた。
 やっぱりアキちゃんはここに来ていた。
 
 しかも一足先に。
 オレに何も言わずに。

 それは、いつものアキちゃんならありえない行動だったから、それが落ちていることが信じられなかったからこその叫びだったのかもしれない。

 
 「やっぱり目的は同じなわけね。抜け駆けなんか許さないんだから」

 そんなオレの心情とは裏腹に、暗い感情のこもった中司さんの呟き。
 自分が責めされているような気になって、思わずびくりと肩を震わせる。

 「追いかけるわよ」
 「りょーかーいっ」

 低い、有無を言わせない中司さんの呟き。
 朗らかにそれに答える快君。
 何故そこまでして……続く言葉は出てこない。
 ただ戸惑うオレたちを置いて二人は黒い建物の中へと入っていってしまう。


 「ち、ちょっと」
 「……」

 慌てて追いかけようとしたんだけど。
 まどかちゃんがそこに立ち止まったまま動く様子を見せていなかった。
 振り向くと、何だかとても複雑そうな表情で、彼女は立ち尽くしている。

 それは、直接見たのは初めてであるはずなのに。
 どこか馴染みがある、そんな表情で。

 占めるのは恐怖、怯え、戸惑い。
 だけどその中には確かに諦観のようなものが含まれている。

 
 「三輪さん? ……えっと」

 それがとても気になって、声をかけたオレだったけど。
 何も言わぬまま視線だけ合わされて、たじろぐ。
 思わず逸らしそうになった視線、我慢できたのは奇跡に近かったかもしれない。

 「もしかして、お化け屋敷、嫌い?」

 オレはそれを誤魔化すようにして会話の糸口を掴もうと、そう切り出す。

 「……それは、ないこともないですけど」
 
 言葉返すまどかちゃんには、さっきまでの明るさが消えかかっていた。
 黒い建物に向けようとした視線を、逃げるように逸らす。
 
 それだけ苦手なんだろう。
 しかも、今なかには黒服たちもいる。
 当然まどかちゃんとしてはそんなところに行きたくないはずで。
 
 そこまで考えて今更ながら思い出したのは、まどかちゃんがここの従業員、であると言うことだった。

 そして、それじゃあ行こうか、と言おうとしてあることに気付き、オレは口ごもる。
 オレの中でいつの間にか彼女と行動するのが当たり前になってしまっていた。


 「えっと、仕事の時間とか大丈夫?」
 「……え?」

 まどかちゃんは質問の意図が分からないかのように首をかしげる。

 「ほら、今さ、ここまで案内してもらったんだけど、仕事とかあったんじゃないの?」
 「……あ、うん。今日のお仕事は、もう終わりですから」
 「そうなんだ、それじゃあ。どうしようか?」

 ここでお別れする。
 わざわざ嫌いな場所について来てもらう義理はない。
 そんな単語は、オレの口からは出てこない。
 喉の奥で詰まったように止まっていた。
 
 それは間違いなく、オレが嫌だったからで。
 オレの我が侭だったんだと思う。


 「中に入らないで反対側に行くことってできそう?」
 「……あ、その、来た道を引き返して大回りしなくちゃいけないと思います」

 オレの折衷案に、ほんのわずかだけまどかちゃんの声に力が戻る。
 何だかそれが、ここでお別れだなんて嫌だっていうオレの一方的な考えを肯定してくれてる気がして。
 そんなわけないだろってオレは首を振る。


 「そうか、参ったな。二人の後を追いかけなきゃだし、アキちゃん、しおりないと困るだろうしな」
 「……」

 その時、まどかちゃんの表情がかげるのが分かった。
 それはまるで迷子の子供が縋るものを求めているかのようで。