元恋人との再会
アヤとマモル。そしてカズキ。三人は高校から大学まで一緒だった。マモルもカズキもアヤに心を寄せていた。当時、誰もが真面目なカズキが相手にふさわしいと思っていた。マモルはどこかいい加減に見えたのである。アヤはカズキよりもマモルを愛していたが、最終的にカズキを選んだ。遊んでいる男よりも真面目な男が良いという、ただそれだけの理由で決めたのである。大学四年のときである。
十年後、アヤとマモルは高校の同級会で再会する。マモルは血色も良く、また良い服を着て羽振りがよさそうに見えた。それに反してアヤは地味な服でどこか疲れた顔していた。同窓会の後、二人は近くのバーに入った。
五年前にアヤとカズキが別れた。その二年後にカズキは自殺をした。マモルは知っていたがあえて触れなかった。それでも、酔った勢いで、「今は幸せか?」と聞いてしまった。
「ええ、それなりに幸せよ」とアヤは答えた。
マモルの視線が自分に向けられていることに気づいたアヤはどこか作ったような笑みを浮かべた。アヤの顔に学生時代の美しかった面影はどこにもなかった。まるで壊れた花瓶のような顔のような顔をしている。十年という歳月だけがそうさせたのではないとマモルは思った。
「そうか……それは良かった」
カズキの自殺の原因は何だったのか。いろんな噂が飛び交った。会社の金を不正利用して発覚して自殺しとか。あるいはアヤと喧嘩して自殺したとか。どれももっともらしかったが、あまりにももっとも過ぎて、マモルはあまり信じていなかった。それをアヤに確かめたい気持ちがあったが、確かめてどうなるとか思って止めた。
「マモルさんはちっとも変わらないわね。まるで時間が止まったよう……」
「何が?……」
「昔のままよ」
「大学を卒業して十年経った。俺も十分、年をとったさ」
「全然老けていないわ」
「そんなことはないだろ」とマモルは笑った。
「誰から聞いたけど、マモルさんは、今一番の出世頭だと」
「たまたま運が良かっただけさ」
嘘ではなかった。入社したベンチャー企業は十年後、十倍以上の規模になり、彼は若くして取締役となった。
「今でもお独り? そんなわけはないわね」とアヤは笑った。
「独りだよ。縁がなかった。恋人みたいなのはいるけど、結婚する気はない」
アヤは微笑んだ。だが、その笑みも作ったもの。実をいうと、アヤは二人で飲みに行こうと誘われたとき、淡い期待を抱いていた。また昔のように近づけるかもしれないという淡い期待を。だが、恋人みたいのがいると言われた瞬間、その望みは絶たれたと悟った。
「やっぱり昔と変わらない」
「何が?」
「何もかも。マモルさんを見ていると、自分がみじめになる。自分だけが衰えてしまったような気がする」
アヤは少し泣きたいような心境になった。それでも淡々と眺めているもう一人自分がいる。
「みんな年をとった。平等にね」とマモルは諭すように言った。
「ねえ、昔の話だけど。大学四年のとき、二人で夏祭りに行った。覚えている?」
「覚えている」
「あのとき、いろんな話をしたわ」
マモルはどきっとした。あの時、カズキよりアヤを愛していた。ただ、その気持ちに素直になれずにいた。祭りのとき、マモルはアヤの頬にキスをした……そして愛していると言おうとしたが言えなかった……
「遠い昔だ。もう忘れた。一緒に行ったことだけは覚えているけど。それに、あの時の太鼓の音も」とマモルは微笑んだ。
そうだ、こんな優しい笑みをカズキは浮かべたことがなかった。ぶっきらぼうで、自分に変に自信があったが、誰も彼を認めなかった。結婚して彼の本性が分かった。男として甲斐性のない、ただの見栄っ張り。真面目も単なる不器用な裏返しでしかなかった。そのうえ気に食わないことがあると物に当たった。地獄のような日々を五年も続けた。別れるとき、カズキは「お前が本当に好きだったのはマモルだろ? 知っていたよ」とぽつりと言ったことを今も鮮明に覚えている。
「そうよね、十年も前のことだもの。実を言うと、私もあんまり覚えていないの」
マモルから「愛している。結婚しよう」と言われたなら、決してカズキと一緒になろうと思わなかったであろう。だが、祭りの夜、彼は一言も言わなかった。少なくとも彼女はそう思っていた。のみならず、その時、別の女の話をした。そのとき、アヤは彼の周りにいる女たちの一人に過ぎないと思い腹が立った。
「今の彼女と結婚しないの?」
聞いた後でしまったと思った。
「考えたこともない」
「どうして?」
「遊びだから」
「その人をもてあそんでいるの?」
「いや、お互い、割り切っている。互いの寂しさを埋めるだけの関係。もう三年も続いている」
「その人は幾つなの?」
「まだ二十二歳だ。俺のことを、無料の食券販売機程度か、気前の良いおじさん程度にしか思っていない」とマモルは笑った。
アヤは思い出した。彼が大学時代に母を亡くして、「心に大きな穴ができた」と告白したときのことを。あのとき、どうして抱きしめてあげなかったのか。
アヤは何か言おうとしたとき、マモルが「今日は飲み過ぎた。これから東京に戻る」と言った。
アヤは何も言えないまま別れた。