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Days

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雨の季節



 紫陽花は見事に咲き誇っていた。空は灰色、しとしと絶えず降り続く雨の下、私の赤い傘と目の前の淡い紫色だけがこの世界に残されたカラフルのようだった。
靴の中に水が入り込んで、靴下が濡れて気持ち悪い。スカートの裾も雨をかぶって、カバンもちょっと湿って感じられる。中に入れた本がどんな有り様か。何から何まで嫌な事ばかりで、神様は本当に意地が悪い、それでも自分の今手の届く距離にある数少ないカラフルを、私はずっと見ていたかった。
アパートの一室、301号まで歩いて数十歩。小さな花びらから滑り落ちる雨の滴、それを中までのぞいてみたくて、私は食い入るように見つめていた。

「お帰り、都々里」
 玄関に入ると、ちょうどスラッとした男性が出迎えた。
「…、ただいま」
「どうしたの」
「いや、まだ慣れないなあと思って。恩がいるの」
 正直、今までいなかった誰かが自分の部屋にいるなんて、ちょっとやそっとで慣れるような状況ではない。
「まあ、そうかもね」
 恩は苦笑した。
「それより、雨大丈夫だった?傘持ってなかったでしょ」
「ああ、それならサークルの部屋に置いてあるのがあったから助かった」
 いつの日だったか、今日は絶対に降ると思って傘を持って行ったら降らずじまいで、晴れなのに持って帰るのも格好悪いから放置してただけだ。そうでなくとも、誰のか分からぬ放置傘などあの界隈にいくらでもあったはず。パクるとは人聞きが悪い、有効利用である。
「とは言え、ずいぶん濡れちゃったけどね」
「ひとまずシャワー浴びて来なよ」
「そうする」
促されるままに私は浴室へ直行した。服を脱ぎながら、今日は何も忙しい日ではなかったのにいやに疲れたなあ、などと似合わない独り言を漏らす。ぐっしょりと湿った靴下を脱ぐのは、何か悪い憑きものを取っているような気分だった。
六月だから梅雨なんだろう。そう考えると、ただの雨降りにも情緒が芽生えてくる。浴室の中に入ってもどこからか雨の音が響いてきたが、すぐにそれはシャワーの音でかき消された。雨に打たれるのもシャワーを浴びるのも、やっているのは似たような事のはずなのに、心の中の受け止め方はずいぶんと違うものだ。
この時期は嫌いではない。春でも夏でもなく、梅雨というカテゴリにしか分類できないような絶妙な雰囲気が漂っている。雨をはじく草木や家の屋根、アスファルトや電柱を見ていると、全てがゆっくりとした時間の中に沈んでいくようだ。自分は異なる時間の流れの中に取り残され、その場でボーっとしている。それは気怠さであり、一瞬の寂しさでもある。
どのくらい時間が経ったか。あまり経ってないと思ったり、意外と長い時間浴びっぱなしだったのではないだろうかと思ったり。シャワーを止めて一息入れたら、『急に』浴室の鏡が目に入った。
浴室に鏡があるのは珍しいことではないし、あったからといってそんなに驚くようなことでもないのに、その時の私にはそれが突然のことに感じられた。鏡の向こうにいるもう一人の私がいきなり視界に分け入ってきたような。そこには大して魅力的でない女子大生がいて、じっとこっちを見ていた。私もその姿をじっと見ていた。彼女の目に光はなく、そこに映る私自身の目も光を失っていた。そうやって輝きを失ったいくつもの目が合わせ鏡のように、私と彼女の間に連なっていた。しとしと降る雨の音に紛らわせて、背後から寂しさと息苦しさが忍び寄って来る。
「都々里、タオル置いておくよ」
 ドア越しに恩の声がした。
「…ありがと」
 恩は何か言いたげに少し留まっていたが、すぐに向こうへ行ってしまった。恩がいなくなったのが分かると、私は不意にため息を漏らした。

「ねえ、恩」
「…なに」
「どうして私のところに来たの」
「都々里が望んだからだよ、って言わなかったっけ」
「そんな事言われたって…」
「信じられない?」
「…うん」
「まあ、それが普通だよね」
「……」
「都々里は、どうして僕と一緒にいるの?」
「それは、恩が一緒にいたいって言ったから」
「僕のこと怖くないの」
「どうして?」
「いきなり都々里の前に現れて、一緒の部屋で生活して。一応男にも見えるでしょ?」
「……初めて会った時もそうだけど、私ね、恩がいわゆる悪い人には見えなかったし、今でもそうは思わない。私はただ恩と一緒にいるのが良いんだろうって、直感だけど、そう思った」
「ふうん。おかしいね、都々里は」
「変かな、こういうの」
「変だし、危険だよ。女の子なんだから」
「でも…ダメじゃないよね?こういうの」
「僕にとっては嬉しい、かな…」
「恩はいつまでここにいるの?」
「質問ばっかり」
「だって、私、恩のこと何も知らないから」
「…神様が許す限り、いつまでだって僕は都々里と一緒にいたいし、いるつもり」
「それ本気?」
「嫌だった?」
「…あ…のさ、そういうこと口にして恥ずかしくない?」
「そうだねえ…他人のいる前だと恥ずかしいかも知れないけど、ここには都々里しかいないし、こういうことは出来るだけ本心で話したいから」
「そう……別に、嫌じゃない。けど、聞いてる方が恥ずかしい」
「何も知らないなんてお互い様だよ。でもちょっとずつ、分かっていけばいいと思う」
「うん……ねえ、恩」
「今日はこれで最後だよ。なに?」
「神様が許しても許さなくても、私は恩と一緒にいるべきだと思う。だからさ、その……、私を一人にしないで、ずっと一緒にいて」
「…」
「…」
「そういうこと言うの恥ずかしくない?」
「…お互い様でしょ」 


作品名:Days 作家名:T-03