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竹田 しおり
竹田 しおり
novelistID. 54867
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黒太子エドワード2

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一四章 フランス軍、壊滅


「壊滅だと……?」
 その悲惨な知らせをフランス王のフィリップ六世は、後方の簡易テントの本陣の中で聞いた。
 まだ青年期で三四歳のエドワード三世に比べ、既に五〇を過ぎていたフィリップ六世は、思わぬその知らせに目を丸くした。
「何故だ? 何故、そういうことになる? 数では、我々の方が圧倒的に優っていたはずではなかったのか!」
 確かに、数だけで考えると、フランス軍は約三万~四万の大軍。対するイングランド軍は、その半数足らずの約一万二千。自分のフランス軍がよもや負けようとは思っていなかったのだろう。大軍故に、統率がとりにくいことがあっても。
「奴らは前もって穴を掘り、杭まで立てていたのです。そこに騎馬隊が突撃したもので、次々倒れてしまい……」
「クロスボウ部隊はどうした! そういう時に備え、待機させていたのではなかったのか!」
「それがその……ロングボウ部隊にやられた上に、突撃した騎馬隊に踏み潰されまして、その……全滅致しました……」
「ぜ、全滅だと……!」
 流石にその報告には、フィリップ六世も真っ青になってしまった。
 彼が頼りにしていたクロスボウ部隊は、水平射撃の場合、射程や威力、命中精度でロングボウ隊に優っていたが、丘の上の敵めがけて上向きに射なければならないことで、効果が大きく減殺されていた。
 一方のロングボウはというと、対スコットランド戦で熟達した上に、一分間に六~一〇発射れた。が、対するクロスボウは、一分間に一~二発がせいぜいであったので、それも全滅する一因であったといえた。
「へ、陛下! シャルル様が……アランソン公シャルル様が……!」
 その時、フィリップ六世に一人の男が近寄り、青い顔でそう告げた。
 彼の口にした名は、フィリップ六世の弟、アランソン公シャルル・ド・ヴァロワの名だった。
「何! あやつまで討たれたのか!」
「はい……。馬で突撃をかけられたところ、そこに他の者が倒れこみ、総崩れとなられて、今や虫の息で……」
「どこだ! あやつはどこにおる!」
 そう叫ぶと、フィリップ六世は青い顔のまま、下士官の案内する方向に向かった。
 その先には、泥だらけ、血だらけの見るも無残な男の姿があった。着ている物が立派でなければ、王族の血を引いている者だとは分からなかったかもしれない。
「何たることだ! シャルル、しっかりせい、シャルル!」
 フィリップ六世がそう言い、傷だらけの白髪の男が、汚れた手を彼の方にゆっくり伸ばした時だった。
 ヒュン!
 飛んできた矢が、フィリップ六世の右腕に刺さったのは。
「陛下!」
 思わず近くに居た者がそう叫び、彼をもっと後方に連れて行くと、彼は青い顔のまま「大事ない」と言って、矢を抜こうとした。
「お待ちを! すぐに医者を連れて参りますので、抜くのは少しお待ち下さい!」
 近くにいた男がそう叫んで駆けて行くと、フィリップ六世は小さく「うむ」と言いながら、矢の刺さっている腕を見た。
 確かに少しだけ痛みはあったが、王族らしいいでたちをする為、厚手のビロードマンとを着ており、その上から刺さっているので、幸い深手にはなっていなかった。
「地獄絵図だな……」
 あちこちから悲鳴も聞こえ、遺体等が続々と運ばれてくるのを見ながら、フィリップ六世はそう呟いた。
「勝てると思うておったのに、考えが甘すぎたか……」
 彼が顔をしかめながらそう呟いた時、先程医者を呼びに行った男が戻って来て、彼をもっと後方に連れて行き、そこで矢を抜いたのだった。