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竹田 しおり
竹田 しおり
novelistID. 54867
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黒太子エドワード2

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一〇章 初恋


「ジョアン!」
 宮廷の中に春の暖かな日差しが差し込む中、元気な少年の声が響いた。
 少しくせのある黒髪に、青い瞳。14歳になった王子、エドワードであった。昔、黙って妹の後をついてき、そっとジョアンを見ていただけの恥ずかしがり屋の少年から、少し王子らしい威厳がついてきたようだった。
「最近、ホランド男爵の子息と親しいと聞いているんだが、本当にそうなのか?」
「親しい、ね……。まぁ、そりゃそうでしょうね。だって、夫婦なんですもの」
「夫婦……?」
 自分より二歳年上の少女を、王子はまじまじと見詰めた。
「冗談だよな?」
「本当よ! もう少ししたら、子供だって生まれる予定なんだから!」
 そう言うと、ジョアンは自分のおなかをさすった。
 当時のドレスは、ウエストを絞っていても、そのすぐ下からはふわりとしているので、かなり大きくならないと分からなかった。
「相手の男は、やはり……」
「ホランド男爵の子息、トマス・ホランドよ」
 そう言って微笑む少女は、本当に幸せそうな表情だった。
「なんてことだ!」
 そう言うと、エドワード王子は頭を抱えた。
「何故、もう少し待ってくれなかったんだ! 私は、もうすぐ王太子になれるというのに!」
 「王太子」──Prince of Walesの称号は、黒太子エドワードが最初で、それ以降、現代まで続いていると言われている。
 その称号が生まれたのは、フランスとの関係にあった。
 四年程前、フランスでカペー朝が断絶し、エドワード三世はフランスの王位継承権を主張し、翌年の一三三八年に初めてフランス本土に上陸していた。
 そして、その翌年の一三三九年、ガンブレーを包囲し、一〇月にはビュイロンフォスでフランス軍と対峙している。だが、この時には警戒するも、交戦には至らなかった。
 翌一三四〇年にもブービーヌで接近するも、この時も交戦せず、六月にイングランド艦隊がスロイスでフランス艦隊を撃破したのが、初めての交戦であった。
 そんな状況下、エドワード三世の留守を守るべく、長男であるエドワードが「王太子」になるという話がでていたのだった。
「エドワード、『もう少し待って』って、どういうこと? 私は、もう何年も前に結婚してたのよ?」
「何……? そ、それじゃまさか、ベラと年が変わらない時に……」
 顔から血の気が失せながらエドワードがそう言うと、ジョアンはにこりと微笑みながら頷いた。
「ふふ。そういうことになるわね」
 その答えに、エドワードはショックの余り、壁に手をついて、倒れこんだ。
「あらあら、エドワードったら、大丈夫? ねぇ、今度告白することがあったら、時期を逃してはダメよ。それに、前もって、好意を態度で示すこと。そうじゃないと、伝わらないから。分かった?」
 エドワードに腕を貸して、立たせようとしながらジョアンがそう言うと、彼は顔をしかめた。
「君は、私の気持ちを知らなかったのか?」
「つい最近、分かったところよ。それまでは、あなた、あまり話もしてくれなかったでしょう? あれで、好意を見抜けという方が無茶よ!」
「そ、そうなのか……?」
 エドワードがまだ青い顔でそう言うと、ジョアンは彼が壁にもたれながらでも立っているのを確認して、首を横に振った。
「そうよ! 好意を持ったのであれば、それを相手に分かってもらうよう、行動で示さなきゃ! まぁ、次はこんな風にならないよう、頑張ってね、王太子殿下」
 そして、ドレスの裾を少しつまんで、貴族の礼をすると、彼女はその場を後にしてしまった。一度もエドワードの方を振り返らずに。
「次、か……。君以上の女性が現われるとは思えないけどな……」
 その後ろ姿をずっと見送りながら、エドワードは一人でそう呟いた。