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新たな恋の始まり

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『新たな恋の始まり』

「今日は天気がいい。どこに行く?海に行く? それとも山?」とヨウコが聞いた。
 タカシは真面目な顔をして「コインで決めよう」と言った。
 何かを重要なことを決めるとき、タカシはいつもコインの裏表で判断した。根っからのギャンブラーであった。同時に科学とか論理とかいうものが苦手な男でもあった。
「神様だけが全てを知っている」というのが彼の持論だった。だからといって、彼が信心深い人間というわけではなかった。
 いつものことなので、ヨウコは淡々と「じゃ、早く決めてよ」と言うと、タカシはコインを投げた。落ちるコインを掴み、手を広げた。表が出た。
「山に行こう」
「やっぱり、コインで決めるのは止めようよ。それゆり、今日の運勢で決めよう」とヨウコは提案した。ヨウコは占いに凝っていた。タカシはそれを下らないと言っていた。
「どうでもいいけど。たまには君の言う通りにしようか」とタカシは言った。
「今日の運勢では、海よ」
 タカシはヨウコを後ろから抱きしめた。
「でも、どっちでもいいわよ。こだわっていないから。でも、あのことは覚えている?」
 あのこととは結婚するか、それともしないのか、はっきりさせることである。タカシに結婚願望がなかったが、はっきりとは言わなかった。口にしなかったのは、ヨウコと別れたくなかったからである。タカシに結婚願望がないことを、ヨウコも薄々気づいていたが、はっきりさせるために、結婚の決断を迫ったのである。結婚しないと答えたなら、別れるつもりだった。しかし、タカシは容易には答えを出さなかった。少しずつ先延ばして、とうとう半年が過ぎてしまった。
「デートする前に答えてよ」
「だから何を?」
「結婚するのか、それともしないのか、決めるということよ」
「何で、そんなに焦っている?」
「私はもう二十八よ」
「まだ二十八じゃないか。うちの姉貴は三十二だけど、これから留学しようかと悩んでいる」
 タカシの家には両親がともに健在だ。しかし、ヨウコは母一人、子一人の母子家庭だ。その母が最近病気になってめっきり痩せた。これからどれだけ生きられるのか分からない。生きているうちに花嫁衣裳を着て、安心させてやりたかった。
「今後の競馬で勝ったら決めるよ」
 ヨウコの怒りが爆発した。
「もういいわよ。所詮、その程度にしか考えていない、あなたとはもう縁を切る。さよならよ」
「本当?」
 タカシは笑った。
「本気よ」
「じゃ、自由に。俺は他にも女がいるから」と言った瞬間、ヨウコの張り手がタカシな頬を襲った。タカシは恐ろしい形相で睨み、そして同じように叩いた。
「俺はクリスチャンじゃないぞ。右の頬を叩かれたら、同じように叩き返す」
 ヨウコは泣いた。
「さっさと出ていけ! 目障りだ。もう二度と来るな!」とヨウコを追い払った。

タカシのマンションを出たヨウコは独りさまよった。
せっかくの休日なのに、行くところがない。のみならず、ぼろぼろになった気持ちを打ち明ける友もいない。東京に出て五年。いったい、五年は何だったのか考えた。いつもろくでもない男にひっかかっていいように弄ばれた。タカシで五人目である。少ない友達の理恵は言ったことを思い出した。
「ヨウコは見た目で選ぶからろくでもない男に引っかかる。男は目をつぶって選べばいいのよ」
目をつぶって選ぶとは、見かけだけで判断するなということだ。そういえば、風采の上がらないXから映画に誘われたことを思い出し電話してみた。
「映画にはまだ間に合う?」と恐る恐る聞いてみた。
「いつでもウェルカムですよ」とXは快活に答えた。
「その映画は面白い?」
「とても面白いと思いますよ」
「じゃ、お願いしていいかしら?」
「了解」とXが嬉しそうに答えた。
 それがヨウコの新たな恋の始まりだった。

作品名:新たな恋の始まり 作家名:楡井英夫