黒太子エドワードⅠ
第六章 ロジャーの怒り
「イザベラ、君のガキの教育は一体どうなってるんだ!」
エドワード達が自室で決意を固めてからしばらくした頃、ロジャーはそう言いながら、イザベラの小さいが綺麗な机をこぶしでドンと叩いた。
机の上にあったワイングラスが下に落ち、絨毯(じゅうたん)が赤ワインで汚れたが、彼は気にも止めなかった。
「エドワードが何かしたの?」
黙って割れたグラスを片付ける侍女と、絨毯を拭く侍女の二人を見ながらイザベラがそう尋ねると、ロジャーは鼻でフンと笑った。
「自分の息子が、裏で何をしてるのかも知らないのか?」
「だから、聞いてるんじゃない!」
「仲間を集めてるんだよ! 俺達に対抗する為に、な!」
「まぁ……」
すると、ロジャーはイザベラを見た。
「それだけか? あのガキが俺達に生意気にも反旗を翻そうとしてるっていうのに、君が言うことは、本当にそれだけなのか?」
「だって、子供のすることでしょう? 一応、国王ではあるけれど、名ばかりだし。そんな子が何かしようとしても、誰が相手にするというのよ?」
「フン、子供、なぁ!」
ロジャーはそう言うと、イザベラに顔を近付けた。
「じゃあ、本当に知らないんだな? その子供が、子供の親になるってこと」
「え……?」
目を丸くするイザベラを、ロジャーは再び鼻で笑った。
「フン、その様子じゃ、本当に知らなかったのか……。男ばかり追い回し過ぎて、母親としての勘がニブってたか」
「ロジャー! いくらあなたでも、それは言い過ぎよ!
「ほう、そうか。じゃあ、どうする? もうすぐ親になる子供の味方でもするか?」
「それは……」
イザベラが困った表情でうつむくと、ロジャーはまたしても鼻で笑った。
「フフン、今更そんなこと、出来ないだろ? 普通ならな。じゃ、言い寄る男に頼るか?」
「ロジャー、誰のことを言ってるの?」
「フン、知らないとでも思ってたか? フランス出身の貴族の息子が、何度も面会を求めてきてるってこと」
「あ、あれは、兄上からの……」
イザベラが慌ててそう言いかけると、ロジャーは首を横に振った。
「俺達を国外追放した人が、今更何の用なのかね!」
「ロジャー! あなただって、フランスとの和解の道を探してたじゃない! 一体、どうしたっていうのよ? 私のことがそんなに信じられなくなった?」
「それもあるが……」
そう言いかけると、彼はすぐ傍でまだ絨毯のシミを黙って取っていた侍女を見た。
「年増に飽きた、っていうのもあるかもな」
彼はそう言うと、その侍女の手を取り、立たせると、抱きしめた。
思わず、真っ赤になる侍女。
「ロジャー、貴方、いつの間にその子に手を出してたのよ!」
「フン、そんなこと、いちいち君に報告しないといけないのかね?」
彼はそう言うと、その侍女を連れて、部屋を出て行ってしまった。
「エドワードのことだけじゃなく、私自身にも飽きた。──つまりは、そういうことなのね……」
ワイングラスを片付けていた侍女は、とっくに部屋を後にしていたので、一人きりになってしまったイザベラはそう呟くと、涙を流した。
「私が馬鹿だったのね……」
──それから間もなく、エドワードとフィリッパの若い夫婦の間に、男の子が生まれた。後に「黒太子」と呼ばれるようになる、長男のエドワードであった。