風と呼ばれた男
そのトンネルの壁にもたれて1人のホームレスが静かに眠っている。
やがて彼の前に1人の青年が立ち止る。少しだけ大きめの荷物を持っている。旅をしているようだ。
ホームレスは青年の気配に気付いて目を覚まし、話しかける。
「なんか用かい? 兄ちゃん。それとも、ほどこしでもしてくれるのかい?」
「……風と呼ばれた男の伝説を追っている」
「ハッ、つまらんことを知っているな。そいつは死んだよ。ここにいるのは、ただのホームレスさ」
「俺の名は、ビル・カルバイン」
それを聞いて、ホームレスは驚いて、青年の顔を見上げた。
「そう、ジョー・カルバインの息子だ」
ホームレスは、はっきりとビルの中にジョーを見た。
「なぜ、この世界に足を踏み入れた?」
それは、独り言のように。
「奴だって、そんなことは、望んじゃいなかった!」
そして、叫ぶように。
その時、トンネルの中に絹を裂くような声が響き渡る。
「いや! やめて! 離して!」
「へっへっへっ、いいじゃねーかよー。一緒に行こうぜー」
セーラー服の少女に、ニッカポッカをはいた男が、絡んでいる。
それを見たビルは、荷物を下ろすと、無造作に男に近付いて行った。
「おい! その薄汚ねぇ手を放しな!」
「うっせぇ! てめぇは、すっこんでろ!」
その瞬間、閃光が弧を描き、鮮血が舞った。
男の手には、ナイフが握られていて、ビルは腕に傷を負った。
ホームレスがビルを引っ張って距離を取らせた。
「まったく、敵が丸腰かどうかもわからんのか?」
ビルは何か言い返してやりたかったが、その時には、ホームレスは男と対峙していた。
「お前さん、少々やりすぎたようだな」
「うるせぇ! じじぃ!」
その瞬間、ホームレスが動いた。速い。それは、まさに、風のようであった。
瞬きする間もなくホームレスの身体は、男と少女の間に割って入ると同時に、しなやかに沈み込み、そして、
少女のスカートが高々とめくれ上がったかと思うと、それが戻るより早く、ホームレスは元の位置に戻った。
一同、あっけにとられていたが、ビルが最初に正気に戻った。
「……爺さん、今のは、一体……?」
「いやー、ワシは、子供の頃からスカートめくりが得意でのう、『いたずら好きな春風ちゃん』なんて呼ばれたりしたもんじゃ。ほーっほっほっほっ……ぶげっ」
ビルの回し蹴りがホームレスの延髄に入ると、ホームレスは地に倒れた。
「いくらなんでも、それはやりすぎなんじゃあ?……うげっ」
ビルの踵落しが男の脳天に決まると、男はあっさり沈んだ。
「どうも、危ないところを助けて頂いて……ぶごっ」
少女が下げた頭を、ビルが巻き込んで投げると、少女は気絶した。
ビルは、荷物を持って、再び、歩き出した。
ビル・カルバイン、27歳、彼の目指す場所は、風よりも遠い。