不断桜
アイが あなたと共に
あなたが アイと共に
深い山間の渡良瀬川の岸辺に 大きな桜の樹が立っていました。
その桜は 9月に花を開き 7ヶ月間咲き続けました。
秋風が、桜の枝を揺らすと
小さな花の蕾が 静かに目を覚ましました。
『 おはよう、また逢えたね 』
開いたばかりの花が辺りを見渡すと、
高い枝の上に一羽の燕がとまっていました
『また逢えた? 私はあなたを知らないわ 』
燕は 静かに微笑みました。
『 あなたは何処から 来たの?』花が燕に聞くと
『 遠い南の国から 』燕は ふわりと空に舞い上がり
花の側枝に降りました
『まあ、あなたは自由に空を飛べるのね。なんて素敵な羽根かしら 』
花は薄桃色の花びらを揺らして言いました。
『 いつか、君も 空を飛べるよ』燕は花に言いました。
『 本当?私もいつか、そんな綺麗な羽根で空を飛べるかしら? 』
陽光にキラキラ輝きながら 花は言いました。
次の日も、燕は桜に会いに来ました
『 燕さん、私の羽根が生えるまで 一緒にいて下さる?』
『 僕はもうじき 南の国へ旅立たねばならないんだ 』
曇り空の下 花は悲しげに俯きました。
『 その日まで、僕が見て来た世界を君に聞かせてあげる 』
燕は歌いはじめました。
岸を渡り渡良瀬川を越えて、
高い山低い山を さくなだりに降りて行くと
人間の賑やかな街が広がる
その向こうには、遥かな海が広がっているよ。
『 人間? 』花は尋ねました。
『 空は飛べないけれど、自由に道を歩いて行ける生きものなんだ 』
『 まあ、自由に歩いて行けるのも素敵ね。燕さんは人間と友達なの?』
『 人間は 近づき過ぎちゃいけない。少し離れて付き合うんだ 』
『 どうして?』
『 人間は 世界を捕まえようとするから。自然に放っておけない生きものなんだ 』
『 まあ、欲張りなのね。自由に歩けるくせに 』
花は 赤く染めながら言いました。
次の日、雨と風が吹き荒れて 近くで土砂崩れもありました。
『 燕さん、無事で良かった。私の身体も散り散りに消えてしまうかと恐ろしかったわ 』
ぐっしょり濡れた花びらを陽に透かして花は言いました。
『 君も無事で良かった。台風の後は、すぐに冷たい北風がやって来る
その前に、僕は南へ旅立たなければいけないんだ。
でもまた君に逢いに戻って来るよ 』
『 私の羽根が生えたら、一緒に空を飛んでくださる?』
『 きっと、南風と 君を迎えに帰って来るよ 』
『 それまで、私待ってるわ。此処でずっと 』
『 きっと・・ 』
『 きっと 』
燕は そっと花びらにキスをして、飛び立って行きました。
それから 桜は、毎日 空を見上げていましたが、燕は姿を現しませんでした。
雨の日も 風の日も、花は枝に咲き続け 燕を待ちました。
幾日も幾日も 月日は過ぎ去り、やがて 空に白い雪が舞い始めました。
『 あれは・・ 』花は 胸がときめきました。
『 空から私の羽根が・・ 』
雪は桜をすっぽりと覆い尽くして
野山は、一面銀世界になりました。
桜は深い眠りの中で夢を見ていました
白いフワフワした羽根を身体に纏い、燕と一緒に空に舞い上がると
陽を浴びて煌めきながら、何処までも眩しい世界に飛んで行きました。
雪が解け、凍りついた野山が春の息吹に目覚める頃
桜も夢から覚めました。
『 ああ、私の白い羽根は?解けて消えてしまったの 』
花は悲しそうに言いました。
『 燕さんと一緒に空を飛ぶ羽根が・・ 』
『 大丈夫、きっと飛べるよ 』
その時 懐かしい声がして、枝に1羽の燕がとまっていました。
『 燕さん!帰って来たのね 』
桜は 萎れかけた花を輝かせて言いました。
『 私、信じて待っていたの。ずっとずっと 』
『 約束したからね。南風と一緒に 君を迎えに帰って来るって 』
燕は微笑みながら 応えました。
『 さあ、一緒に行こう!』
その時 つむじ風が桜の樹を大きく揺さぶると
一斉に花びらが、螺旋を描きながら雨のように舞い上がりました。
『 ああ!燕さん助けて!私が消えてしまう 』
『 大丈夫、君は風になって 僕と一緒に空を飛んでいるよ 』
『 私が風になって、あなたと世界を飛んで行くの? 』
『 そうだよ、高く高く舞って 、渡良瀬川の谷を、今一緒に 渡ったよ 』
『 まあ、せせらぎしか聞いた事のない、あの川を渡ったなんて信じられないわ 』
『 風を感じて、僕が君の目になる 』
『 風を感じて・・ 』 そう呟き桜は目を閉じました。
『 今、山を吹き降りているよ 』燕は花に話しかけましたが
桜は、もう何も答えませんでした。
ザザァ―――ッ!
風の音が山に鳴り響き、桜の花びらは燕と共に
高い山低い山を さくなだりに降りて行き
人間の賑やかな街にも降り注ぎました。
人々は桜の舞い散る中、春の宴に酔いしれながら
花びらに人生を占いました。
やがて風は海に辿り着き、荒潮に乗って
花びらはどこまでも八潮路に導かれて行きました。
『 君は本当は 全てを知ってるんだ 』
燕は言いました。
暑い夏が過ぎ、山間の木々は一斉に緑の葉を茂らせ
生きとし生ける者達は 命の輝きに溢れました。
そして秋風が、桜の枝を揺らすと
小さな花の蕾が 静かに目を覚ましました。
『 おはよう、また逢えたね 』
私達はいつか何処かで出逢ったのだろう
通り過ぎたのは、あなたか
それとも、私の方か
違う音を奏でながら
時の瞬きに重なる
心はいつも映している。
私の奥のもっと深い場所から・・
息吹を感じ
風のように身体の中を吹き抜ける。
けれど、
頭はいつも見たいものだけを見、知りたものだけを知る
Come to me ・・ Come to me ・・
胸の奥から呼魂する 声を聞いているだろうか?
アイがいつもあなたと共に
あなたがいつもアイと共に