空曇り、星光る
おんぼろ軽。平成十七年式、ダイハツのムーヴ。走行距離十二万キロで、運転が荒いせいでいたるところべこべこ。お世辞にもかっこいいなんていえない車に、僕は今乗っている。
久しぶりに会った友人に「少し痩せたか?」と聞かれ、やつれたんだよと笑いながら返すと、彼は少し笑った後にこういった。
「湖に行こう」
何を突然と思ったけれど、特に用事があるわけでもない。夜中も遅いけれど、誰もいない道路の上をけたたましい音で走るのは少し気持ちが良かった。もっとも、運転は彼なのだけど。
運転中、彼は暇なのかハンドルを左右に揺らす。それに伴って車体もゆらゆらと揺れていく。誰もいないからできることだ。「普段はしないんだろ?」と聞くと、「さぁ、どうでしょう」と肩を揺らす。
ゆらゆらと、右車線へ左車線へ、しゃっきりしなさいと怒られそうな現状を怒る人は誰もいない。夜は自由で、朝は怖い。
途中、何気なく橋のそばで車を止めて、柵によりかかった。足元に落ちている石を拾って、下に投げる。真っ暗な中で一心不乱に落ちる石は、ついにゴールへとたどり着いて音を鳴らす。
「深いなぁ、ここ」
彼はぼそりと呟く。まるで怖いものが無いかのように石が落ちていった遥か下を覗き込んでいる。そして「おぉ、怖くなってきた」と笑うと、車に戻ろうと声をかけてきた。
おんぼろ軽は「よっこいしょ」といわんばかりにエンジンを回し、僕たちを乗せて道を行く。そうして合計一時間半、僕らは湖へと到着する。
海ほどではない、小さな漣の音が耳の中でこだまする。足元の砂は少し湿っているようだ。後ろにある森からは小さな虫たちの精一杯の声が聞こえてくる。
空を見上げると、今日は新月だったということに気づく。しかし、それと同時に今日は曇りだということにも気づいた。せっかく暗いところに来たというのに、これでは星空も見えない。
「こっちこっち」
彼が僕を呼びかけて、奥へと導く。たどり着くと、そこは湖に流れ込む川の支流だった。流れが緩く、静かなそこに、静かに瞬く星がいた。
「これが見ものなんだ」
水面に反射して輝く星たちは、所狭しと飛び回る。淡い緑の光を灯して、理想の相手を探していく。
「ありきたりかもしれないけど、風流だし、なんかすげぇだろ?」
少年のような笑顔を浮かべた友人に、僕は思わず照れ隠しに肩を小突く。強がってみても、彼にはすべてお見通しだったようだ。
「ありがとな」
はて、なんのことやらととぼける彼に僕はもう一度軽くパンチを入れる。そして、宙を舞う星たちを見つめる。彼らはどんなに壁にぶつかったとしても、きっと光を灯すのだろう。そして、理想の相手を求めて輝き続けるのだろう。
それはただの本能だから、と切り捨てるのは簡単だ。けれど、同じ生物である僕にだってその本能はあるはずだ。それなのに僕は諦めようとしていた。
「ありがとな」
もう一度、がんばってみる。その言葉は、気恥ずかしくてとうとう口にはできなかった。
いまだ暗い中、帰りの車を運転する。となりにいる友人はいつまでも「最悪だ、最悪だ」とぶつぶつ言っている。その隣にいる僕は、笑いすぎて涙が出たと、先に言っておく。
水に落ちてずぶぬれの彼が、そこにはいた。