サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第三話
「まずは、新聞かな」
改めて一人になって、オレは気を取り直し明日のことについて考えることにする。
これから向かう場所、『三輪ランド』で、大勢の人がいなくなった。
それは、失踪だろうが誘拐だろうか。
神隠しであるならそれはそれでありかなと思うけど。
詳しく載ってるとすれば地方の新聞だろう。
手間ではあったが、地元の地方新聞が纏められたものをいくつかピックアップし、眺めてみる。
三輪ランドができた日、閉鎖した日。
その辺りの年代を集中的に。
「ん? これかな?」
最初に見つけたのは、三輪ランドが集客のピークを迎えていたころのものだった。
『新感覚テーマパークで行方不明者、【動く壁】に挟まれたか』
見出しはそんな感じ。
どうやら三人の親子連れが行方不明になったらしい。
「動く壁、か。そういや、一時期流行ってたっけ」
道順の変わる大迷路。
足を踏み入れたものに飽きさせぬようにと莫大な費用と仕掛けで、テレビのバラエティで企画されたやつだ。
その時は、毎回大道具の人大変だろうなとは思っていたけど。
それを模したテーマパークがあったとは情報不足だった。
だが、閉鎖に追い込まれたのは、その辺にも原因があったんじゃないかなと思う。
毎日配置換えをしていればそりゃお金もかかるだろうと。
その記事によると、いなくなった親子連れは、移動中の壁に挟まれたのではないか、とのことらしい。
何でも開園中にいきなり壁が移動するのが、三輪ランド一番のウリであったとか。
ぞっとしない話だが、問題はここからだった。
いくら壁に挟まれたとして存在自体が消えるわけじゃない。
なのに、不明の親子連れはどこにも見当たらない。
その頃は不思議と怪奇現象がちょうど流行りだした時期で。
それはすぐに神隠しと結び付けられた。
皮肉なことにそれがさらに客を増やし。
「五年で十組か」
それが多いのかは疑問なところではある。
生死が確認されていないことも加味すると、世界じゅうで起こっている不思議、怪奇現象の中にはもっと凄惨で被害の大きなものもあるからだ。
だが、この三輪ランドと呼ばれる場所が『立ち禁』、REDの危険区域であるのは、やはり行方不明の原因が分からないからなんだろう。
その五年間で、経営側も国も当然なにもしていないわけじゃなかった。
いくらなんでも人が失踪したままでの営業は問題がある。
当然、過去にオレたちと同じような下働きの学生たちが調査に来ていたわけだが。
『××大学の超研部員、行方不明。やはり神隠しか』
まるで神隠しの原因を探られるのが困るかのように、行方不明になっていて。
「おいおい、ちょっとこれシャレになってないんじゃないすか、部長」
そんな言葉とは裏腹に、オレは不謹慎にもテンションが上がってしまった。
本当にここは当たりかもしれない。
そんな気持ちにもなってくる。
そのまま未来へ向かって新聞を追っていくと、ある日神隠しの事件がぴたりと止まっていた。
それは、三輪ランドが営業を続けられなくなり閉鎖された日だ。
誰もお客が来ないわけだから、一見当たり前といえば当たり前であるが。
「……おかしいな」
それ以降は、調査が入らなかったのだろうか?
まぁ、行けば神隠しに遭うと分かってて喜々として行こうと思うやつなんかそういないんだろうな、とは思うけれど。
現実的なことを考えれば、調査には入ったが神隠しは起こらず、原因も分からなかった、というオチなのかもしれない。
そう言うことは当然新聞に載りはしないだろうし。
オレは、急に止まった神隠しの違和感を、そう納得させようとしたけど。
「ん?」
それ以降はぱたりと止まった最後の失踪事件。
三年前だ。
三輪ランドが閉鎖に追い込まれた年。
思ったよりも最近なのにまずはびっくりしたが。
「経営責任者とその孫、か」
最後の失踪事件としては中々に意味深と言うか、興味深かった。
オレはその記事を詳しく読んでみる。
三輪ランド建設に対しては、町の景観を損ねる、などの理由で反対していた人が多かったらしく、いなくなったことを悼む声より、その経営者自体を非難するようなコメントが書かれていたが。
その中の一つ、地元近隣に住む人のコメントに、気になるものがあった。
『雨の魔物に祟られた』
それは、部長お手製のしおりにも書かれていた、目的……調査の対象の一つでもある。
雨の魔物とはなんだろう?
そう言う筋の本を調べるよりも早く、ちゃんと新聞に載っていた。
雨の魔物とは、三輪ランドのマスコットキャラクター、『ミワ』のモデルらしい。
何でも地元を守る土地神様だとか。
三輪ランドのある一帯は、大昔は鉱山があったらしく。それを採ろうとするもの……土地を傷つけるものに天罰を下すらしい。
雨の魔物が姿を見せるのは、その名の通り視界塞ぐ雨の日で。
それが真実なのか、土地を守るものと変えるものの諍いと軋轢の産物であるのかは判断がつかなかったが。
「だいぶ違うと思うけどな」
『ミワ』は、まっくろで耳の長い、ふさふさの毛並みの犬のような姿をしていた。
額に涙石のマークを貼り付けていて、それが雨を表わしているのだろうが。
―――雨の魔物。
魔物、妖怪、幻想の生き物辞典に載っていたそれは、似ても似つかぬ別物だった。
額の涙石と、黒く長い耳はかろうじて共通しているが、言うなればそれは全身真っ黒でびしょ濡れの人、だったからだ。
顔まで真っ黒なのは、おそらく仮面か何かを被っているからなんだろう。
その手には、不恰好なほどに刀身が太く大きい、剣斧のようなものを持っている。
なまはげやジェイソンの同類だろうか。
妖怪辞典の注釈を見ると、希少鉱石『黒陽石』の守り神にして化身らしい。
黒陽石は、墓石などに使われる、黒の中に僅かな朱の光沢を潜ませた、つるつるの石だ。
今やかなりの高級品らしく、一般にはあまり知られていないが、地元にいた頃はよく耳にしていた石の名前だった。
曰く、魔性の力を秘めた霊験あらたかな石であると。
それは、地元の……と言っても隣の市だが、特産品と言ってもいい。
結構日常的に耳にしていた気がしたから、全国区でないことを知って、軽いショックを受けたくらいで。
「だから雨の魔物は黒いのか」
オレはそう納得して、その事については、あまり深く考えなかった。
その時は、その黒陽石こそが、一連の神隠しの最も重要な鍵になるなんてこと。
想像すらしていなかったからなんだろう……。
(第4話につづく)
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第三話 作家名:御幣川幣