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レールが消える

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『レールが消える』

生きるも、死ぬも一人。気の持ちようによって、楽しくも悲しくもなる。高村は最愛の妻を失ってから、自分にそう言い続けてきた。だが、妻が亡くなって十年が過ぎ、いい加減諦めてもよいはずなのに、夜になると、つい思い出してしまい寂しさを抑えることできなかった。定年後の人生を山奥で独り暮らしなど描いていたが、これでは到底叶わぬ夢であろう。知り合いもたくさんいる都会でさえ、このざまなのだから。

いよいよ定年退職を迎える。その後、どうするか、決まってはいなかった。定年退職後はすぱっと会社から離れて、自由気儘な第二の人生を踏み出すが、それとも嘱託として会社にしがみつきが、道は二つに一つであった。どちらかを選択しなければならないが、ずるずると先のばしていた。

「会社というのはレールだ。有能だろうと、無能だろうと、その上で走れば生きていける。しかし、定年になれば、そのレールは消える。嘱託として残れたとしても、せいぜい二年で終わりだ。俺はそのレールを選ばない」と言って去った先輩のKがいる。その後、Kはフィリピンに移り住み。数年後、現地で美しい妻を娶り充実した生活を送っている。去る時、一緒に行かないかと誘ったが、高村は断った。理由はなかった。ただ、レールの上から去る勇気がなかったのである。そのレールがもうじき消えると分かっていながら断ったのである。

あと数か月で身の振り方を考えなければならない。答えを出すのに十分な時間なのかどうか分からないが、時間は待ってくれない。
「身の振り方は決まったのか?」とそりの合わない上司が聞いた。
「まだです」
「随分、悠長だな。何なら、相談に乗ってもいいぞ。知り合いに頼んでやってもいい」
確かに上司は顔が広かった。飲むと、いつもそのことを自慢していた。
高村は「結構です」と断った。
上司はその回答を予期していた。
「まあ、嘱託として残れないのだけは肝に銘じていた方がいいぞ」
会社は都合のいい人間だけを嘱託として残す。高村は自分がその都合のいい人間に入っていないことを十分知っている。
「分かっています」と答えた。
若い頃、自分の人生に終わりがあるということを高村は考えたことがなかった。だが、十年前に最愛の人を無くしたとき、死という終わりを意識するようになった。そして、生物学的な死よりも、もっと早く退職という社会的な死が訪れるのに気付いたのは、ここ数年のことである。
退職したら、独りぼっちで社会に放り出される。繋がりを無くした人間はどう生きればいいのか。本も読んだり、友人の意見も聞いたりした。みな、漠然と趣味を持てとか、社会とのつながりを持つためにサークル活動やボランティアをしろと言う。けれど、これといった特技もなく、なにもさほど社交的でない自分には、どこかの集団に入るのは無理な話だと思った。ではどうすればいいのか?……何度考えても、答えがでない。

夜中に目覚めることも多くなった。決まって外を眺める。外は当然のことながら暗闇に覆われている。眺めているうちに切なくなることがしばしばある。ある時、死んだ方が楽ではないかとさえ思った。若い時は自殺など考えたことがなかったのに。今すぐ自殺する勇気がなかったが、蓄えた財産を派手に使って、金が無くなったら、死ぬのもいいかもしれないと戯けたことを考えたこともある。

ある日のことである。
定時に退社をすると、自宅ですることもなかったので、興味本位で死ぬ場所を検索していた。海の見えるところ。砂浜、流砂に飲み込まれて、深い底に沈んでいく……そんなことを夢想した。突然、死を考えている自分が嫌になり、外に出た。あいにく外はひどい雨だった。繁華街に行き、馴染みのバーに入った。そのバーに入ったのは久々だった。土砂降りの雨のせいか、客はいなかった。
「ママ、死にたいと思ったことはある?」とバーのママに聞いた。
「しょっちゅうよ、特に今日みたいに客が来ないときは」
高村は笑った。おかしくて笑ったのではない。なぜだか、死に囚われている己が愚かだと感じたのである。その愚かさに笑ったのである。悲しいのに笑いが止まらなかった。

作品名:レールが消える 作家名:楡井英夫