小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

新しい生活に舵を切ろう

INDEX|1ページ/1ページ|

 
『新しい生活に舵を切ろう』

 ミナは生まれも育ちも良い。そのうえ美人である。幼稚園から大学までずっとお金持ちが通う私立の学校だった。一度もお金のことを心配することはなかった。少なくとも、結婚するまでは。
大学四年のとき、同じように恵まれた環境で育ったハルオに出会い、恋に落ちた。彼の良い所は、誰よりも決断が早く間違いがないことである。ものごとを直ぐに決められない彼女には輝いて見えた。ミナが二十六になったとき、二人は結婚した。
ハルオは一流のA大学を出た後、一流会社に入った。ところが、三年後、誰にも相談せず会社を辞め独立した。ミナと結婚した三か月後のことである。起業した当初、金銭的に苦しかい状況は続いたが、それでも順調に業績を伸ばした。
「今は苦しいが、もうじきうまく行く」というのが彼の口癖だった。
 ハルオの実家もミナの実家もともに裕福だったので、困ったときはどちらもが実家に相談したので、何一つ不自由のない生活を送ることができた。しかし、両家とも当主が変わりため、以前のように困ったからといって、簡単に資金援助を得られなくなった。

 初めは手堅く事業を進めていたハルオであったが、次第に野心が芽生え、五年過ぎたあたりから次々と新たな分野に進出していった。そのため目一杯、金融機関から借金をしたのである。それが裏目に出てしまった。事業がうまくいかなくなり、借金が十億円近くまで膨れ上がとき、取引先の一つが倒産した。そのために、一部の債権が不良債権になり一挙に借金が倍近いとなり、会社を畳む羽目に陥った。その際、自分たちでは返済できない借金は全て両家から出してもらった。今後は一円たりとも資金援助をしないという条件で。
 自己破産を免れたものの、単なる失業者となったハルオは、既に三十五歳に過ぎていた。一流大学を出ていたとはいえ、これといった資格や才能があるわけではなかったので、仕事を探してみるもののなかなか見つからなかった。半年経って、ようやく、知人の紹介により小さな会社の経理の仕事を紹介された。月収は約二十万である。
行動や所作に、その人の生き方が表れるものだ。事業が順風満帆のときのハルオは威風堂々としていたのに、事業が破たんし、さらに小さな会社の平社員になったとたん、背をかがめ精彩の欠けた顔でうつむきながら歩くようになった。そんな夫を見て、ミナが呆れるのも無理はなかった。そればかりか、かつて夫を頭の回転が良くて判断が早いものと思っていたが、今では、単細胞的な思考しかできないゆえに決断が早かったのだと分かった。それ以外にも、今まで良いと思っていたのが、全て欠点に見えてきて、逆に良いことが何も見えなくなってしまった。

 家計を助けるためにミナはパートの仕事に就いた。そんなとき、医師のタモツと出会う。彼は夫とは正反対で物事を深く考えるタイプだった。心惹かれるものがあって、ミナの方から積極的に誘った。深い関係になるのに、さほど時間がかからなかった。夫とも肉体関係はときどきあったが、それは互いに求めるというよりも、夫の一方的な欲求を満たすだけの行為でしかなかった。彼女は人形のように動かず、ただ時間が過ぎ去るのを待った。しかし、タモツのときは違った。彼女の方から積極的に求めた。何か、心の渇きを満たすように。

 誰が見ても、貞淑そうに見えるミナが実は不倫をして、ときに二つの男と同じ日に交わっているなどということを誰が想像できようか。しかし、それが女という生き物である。女という生き物はどんな環境にも適応できる能力を持っている。

うまく行っていたように見えたミナの二重生活も破綻するときがきた。ちょうどタモツと出会って二年目の春のことである。妊娠したのである。その事実を知ったとき、頭の中が真っ白になった。どこで間違えたのかとも考えた。だが、考えたところでどうにかなるものではない。その子供は愛していない夫の子か。それとも不倫相手の男の子か。どっちにしろ、厳しい話だった。今や愛情のかけらもない夫の子を産み育てる自信はなかった。不倫相手のタモツは深く愛していたので、彼の子を産み育てかたった。だが、世間が許してくれるはずはない。それに親族も厳しく指弾するだろう。
密かにDNA鑑定をした。すると不倫相手の子であることが分かった。彼女はほっとした。愛が一つの結晶になったのだから。同時に決意した。夫に未練はない。正直に告白し別れようと。
不倫の子を孕んだことを正直に夫に告げると、夫は狂人のように笑った。
「よく分かった。離婚してやる。好きな男と結婚するがいい。その代り、実家に頼んで慰謝料を用意しろ。少なくとも五百万だ」
 ミナは情けなくて泣きたい気持ちを抑えながら、
「五百万どころか、一円だって、無理よ。あなたの事業の失敗の尻拭いのために、どれだけ被害をこうむったか分かっているでしょ! 実家はもう一円も出さないわよ。反対にこっちが慰謝料をもらいたいくらいよ」と怒鳴り返した。
「そうか、……それもそうだな、好きにすればいい」
 それが夫の最後の言葉だった。

 タモツにも同じように子供ができたことを告げた。独身のタモツなら、喜んでくれると思ったのである。結婚しようと言ってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて告白した。
 すると、意外にも彼は「本当に俺の子か?」と何度も聞き返した。そのうえ、「なぜ避妊しなかった?」と恐ろしい形相で責めた。
タモツの知的で優しい顔も偽りの仮面だった。夫と同じように性欲を満たすために関係を持ったに過ぎなかったことに気づいたときは遅かった。
「産みたければ産めばいい。その代り、結婚も認知もしない。二度と会わない」
「良いわよ。私、一人で育てるから」
それが精いっぱいの捨てゼリフだった。

 独りになったミナは考えた。自分の人生を。そしてこれからどう生きていくかを。幸い、結婚ときに親からもらった五百万があった。それで新しい生活に舵を切ろう。そう決心するのに、さほどの時間がかからなかった。