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最後の授業

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子供のころ僕は喘息がよく出る子だった。
一度ひどい発作が出て、入院を余儀なくされたことがあった。

4人部屋に僕一人という、ちょっとさびしい環境。
3日目ぐらいから同じ小児病棟に入院していた女の子が、僕の病室に遊びに来るようになった。

ピンクのパジャマを着ていて、髪は真ん中から分けていて肩までの長さの子。
僕より少し年上だろうか。

「入院生活長いの?」
と聞いたら、さびしそうに
「うん」
と言った。

「だから、本が友達みたいなもの」

そういえば、僕のところに来るときも、いつも本を脇に抱えている。

「僕も本好きなんだ。面白いのがあったら、僕にも貸して?」
「うん、いいよ!」

明るい笑顔だった。

次の日、彼女が持ってきてくれた本。

『最後の授業』

という本だった。

「まだ君にはちょっと難しいかな…でも、私はすごく好きな本なの」
「ありがとう。まだこれは読んだことないから。読んでみるね」

その日はそれだけ言葉を交わした後、彼女は病室から出て行った。
その晩、宿直の看護婦さんがその日最後の検温に来た時、

「あら、この本…」

と、僕がサイドキャビネットの上に乗っけていた本に気がついた。

「お友達に借りたんだ」
「あ、あら、そうなの…。もうすぐ消灯だから、続きは明日にしたほうが良いわね」

といって、カルテに検温結果を記入した後、病室を出て行った。

あさってには、退院という話を、お母さんから聞いていた。
明日中には読んでしまわなくちゃ…。

そう思いながら、眠りについた。
が、僕はその晩ひどい発作に見舞われたのだ。
点滴と呼吸マスクをつけられ、ステロイド吸入もつけられた。
ヒューヒューゼーゼー、つらい呼吸が続く。
意識朦朧としているとき、ふと視線を感じて、うっすらと目を開けたら、傍にあの女の子が立っていた。
何でここに…?
と、もう少しはっきりと彼女を見ようと目を開けた。
ぞっとした。
彼女の口は三日月形に曲がって笑っているかのようなのに、目はギラギラとしていてまるで笑っていなかった。
そのまま彼女は顔を僕に近づけてきた。

「沙織ちゃん、その子は放っておきなさい!」

宿直の看護婦さんだ。
悔しそうな顔を僕に向けながら、す…っと、彼女、沙織ちゃんの姿が消えた。
不思議なことに、呼吸が軽くなった。

「隆君、大丈夫!?」

看護婦さんが駆け寄ってきた。

「…看護婦さん、あの子…」
「…沙織ちゃんって言う、以前この小児病棟に入院していた子なの…
かわいそうに、心臓の病気で数年前に死んでしまってね。
病室の外にも出られないくらい重症だったから、本ぐらいしか楽しみがなかった子なのよ。
お母さんしかいなくってね。仕事が忙しいって言って、なかなか面会にも来なくて。
面会に来るときは、本を山ほど置いていくんだけどね。
ある晩、急に様態が悪化したけど、それでもお母さんは来なかった。一人で死んでいってしまったのよ…
よっぽど寂しかったのかな。それ以来、よく一人で入院している子が来ると、その子の部屋に現れるようになって。
最後に沙織ちゃんが読みかけていた本、『最後の授業』を手渡していくの」

先生がやってきて、僕の容態をチェックしつつ、点滴やマスクなどを外していった。

「私、結構霊感が強くて」

子供が一人部屋や、大部屋に一人で入院している場合は、なるべく夜勤を入れることにしているらしい。
他の看護婦さんでは、沙織ちゃんの姿が見えないことがあるらしいからだ。
もしかしたら、沙織ちゃんの犠牲になってしまった子供もいるのだろうか…。

「さあ…それは私にも分からない…ないと良いんだけど…」

看護婦さんは、不安を隠しきれないようにつぶやいた。

翌々日、僕は予定通り退院できた。
看護婦さん達に見送られて、病院の玄関を出る。
ふとまた視線を感じた。
振り向くと、小児病棟の一番端の窓のカーテンの隙間から、沙織ちゃんが覗いているのが見えた。
少し寂しそうな顔をしているように見えた。
あの文学少女は、また、誰か一人ぼっちで入院してくる子を待って、ずっとあそこにいるのだろうか…。
そこにいたって、何も面白いことないよ。早く成仏しなよ。と、僕は心の中で沙織ちゃんに語りかけた。
少し、沙織ちゃんの顔がうれしそうに笑ったような気がした。
作品名:最後の授業 作家名:moon