機巧仕掛塔ラステアカノンのトルティーネ
そこは、薄暗い煉瓦造りの大部屋でした。
一面の壁は歯車が床から沸き上がるようなオブジェで出来ています。その下部にある穴から流れ出しているのは、色彩が次々に変わっていく不思議な液体でした。ほんのりとした赤みは次第に橙になり、黄色になり、緑がかっていき・・・七色を繰り返しています。
それは足下に張り巡らされた水路にたゆたい、上からみれば幾何学的な模様が見てとれました。高い高い天井の所々からは、ぽちゃん、ぽちゃんと色々な形をした“パーツ”がそこへ落ちてきます。
中心にある一本の太い柱に差し込まれた多種多様な歯車が幾つも重なり合ってぐるぐる回り、その動力はラステアカノン全体へと伝わっていくのでした。
─────機巧仕掛塔の核心であるこの“炉”を今、トルティーネ達は歩いていました。
その手には先程やっとの思いで手に入れた“パーツ”を持っています。
「ふんふん、ふふんふ〜ん♪」
いつになくご機嫌なトルティーネを見上げて、うっさんは尋ねます。
「今日は“パーツ”を素直にくべるのだな」
「う〜ん、この子はもう次の物語に還らなきゃいけないからねぇ」
当然のような口調で返ってきた答えに、うっさんは何かを考えるようにトルティーネを見つめてから、視線を元に戻します。
やがて歯車を型どった小さな台座式の“炉”の前で立ち止まりました。
トルティーネは手のひらの上で“瞳”を転がし、最後にぎゅっと握り締めてから、その中へそっと入れてあげました。
「じゃあ、バイバイ。またどこかでね〜」
「ぴ〜ぃ」
「くぅ〜ん」
お別れを言うように、ぴぃといぬも“炉”の縁に乗り出します。
紫色に変わった水面に名残惜しむように浮かんでいたその瞳も、やがてゆっくりと“炉”の中へと沈んでいきました。
しばらくその場に留まり見送ってから、
「わたしも魔物になったら、かっこよくなるかなぁ〜?」
トルティーネがどこか遠くを仰ぎ見ながら不意に呟きます。
「魔物になったら?よくわからんが、それはないな」
「なんでぇ?意外に怖くなるかもよ〜?」
「いぬで考えてみればいい。こいつが魔物になったとして、恐いか?」
「う〜ん・・・全然だねぇ★」
「だろう」
くぅ〜ん、と少し悲しそうないぬを、トルティーネは後ろから抱き上げました。
「いぬはこのままでいいんだよ〜もふもふ、もふもふ。あ、でももっと大きいともっともふもふかも〜?」
いぬの首の後ろに顔を埋めたトルティーネは、はっとしてから抱き代えて正面に向き合います。
「いぬ、でかくなれ」
「くぅ〜ん」
そのほっぺをぐにぃ〜っと引き延ばすと、涙混じりの鳴き声が木霊しました。いぬをいじりはじめたトルティーネを止めるように、うっさんが裾を引っ張ります。
「さあ、“パーツ”も一つくべることが出来たし、今日はもう休むか」
「ぴふ〜」
「おっ、うっさんもお疲れモードだねぇ」
「くひ」
「流石にな」
途端手を離されて落下したいぬの頭にぴぃが降り立ちます。
扉へと歩き出すうっさんの後に続いて、みんなで歩き出しました。
トルティーネは腰のポーチに掛かっている、いくつかの鍵の中から一つを取り外しくるくる回しながら、身を屈めてうっさんを覗き込みました。
「たくさん走ったもんねぇ。明日もおやすみでいいかなぁ?」
「戯け」
「あだっ」
調子に乗ったトルティーネの発言に、うっさんがそのおでこを叩きます。
こうして、ひとりと三匹はとても疲れてはいましたが、一仕事を終えた達成感で足取りは軽く、ゆりかごへと戻っていきます。
いつもよりちょっぴりアクティブな日を過ごして、今日はたくさん眠れそうなトルティーネ達なのでした。
作品名:機巧仕掛塔ラステアカノンのトルティーネ 作家名:el ma Riu