モルス
ところが、誰もモルスを見たことがなかった。
文献も多くは残っていない。
結局のところはただの伝説に過ぎない。誰もが心の中ではそう思った。ただ、子供だけは純粋に信じていた。
そして、それは突然起こった。
初めは診療所で働く女だった。
女は久々の夢の中で、もぞもぞと蠢くそれを見た。
それは子供が丸まったくらいの大きさで、ぼやけた輪郭をしていた。不審に思いながらも女が近づくと、一層激しく動いた。そして、ピタッと動きを止めたかと思うと
「……………モルス」
消えるような声でそう言った。
次に院の若者が。
また、隠居をしていた老婆が。
更には国のトップまでが同じ夢を見た。
モルスがやって来た。
狂信者達は、モルス様の降臨だと言って騒いだ。
過激な運動が起こり、死者も出た。
だが、夢以外は特に何も起こらず時は過ぎていった。
モルスの夢は続き、国全体がその夢をみていてもおかしくないくらいに浸透した。
その頃から原因不明の病が流行りだした。
症状は、赤い出来物が身体中にできて痒くなり、高熱が出る。悪化すると皮膚が壊死し始め、内臓にまで異常をきたす。
そして、苦しみながら息絶える。
初期症状の患者は顔を真っ赤にしながら体を揺さぶって痒みに耐えようとする。その光景は、モルスの夢に出てきたものとよく似ていた。
研究者達は必死に病について研究を進めた。
既に病による死者は国内で数万人を越えていた。
しかしどういう訳か患者からは病原体は見付からなかった。患者達の体は皆、健康そのものであったのだ。
治療法が見つからないまま、病は一気に国を蝕んでいった。大勢の人が亡くなった。葬式をする者すら居なくなった。働き手の減った国は飢饉のような状態になり、誰もが自分が生きるのに精一杯だった。
だが不思議な事に、15才未満の子供の感染例は一件もなかった。