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コーヒー、何にする?

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突然の土砂降りの雨。
朝天気予報チェックしてくればよかった。
思わず目に入った喫茶店に飛び込んだ。
クラシックが流れる、落ち着いた感じの内装。
カウンター席がいくつかと、窓際の席が二つ。あまり大きなお店ではない。
家のすぐ近くにあるのに、ぜんぜん気がつかなかった。
窓際の席に着き、ぐるりと店内を見ていたら、

「何にする?」

と、聞かれた。

「え?」

カウンターの向こうから、50代ぐらいの男の人がニコニコしながら聞いている。
お店のマスターだろう。

「コーヒー、何にする?」

コーヒーなんて、いつもインスタントしか飲まないから、「何にする?」と聞かれても困る。
迷っていると、

「一番無難な、 コロンビアを試してみる?」

そういって、彼はサイフォンで水を炊き出した。
外はまだ土砂降りだ。
窓の外を通り過ぎていく人達は皆傘をさしている。やっぱり朝の天気予報をチェックしていただろう。
どこかで事故でもあったのだろうか、救急車とパトカーが店の前の道路を横切っていった。
人々が、振り返っていく。
腕時計を見たら、もうすぐお気に入りのドラマが始まる頃だった。
普通だったら、もう家についている頃なんだろうけど、今出て行ったらずぶぬれになってしまう。
ため息ついていると、マスターが出来上がったコーヒーを持ってきてくれた。

「まずは、お砂糖、ミルクなしで飲んでみてね」

言われたとおりにしてみる。本当は私は、瓶入りコーヒー牛乳ぐらいの甘いやつが好きなんだけど。
おいしい。
当たり前だけど、インスタントより断然おいしい。

「よかったら、これ食べて」

と、差し出されたもの。
お皿に載った、数枚のクッキーだった。

「僕が作ったものなんだけど」

すごい。
私、クッキーなんか焼いたことない。
お礼を言って、一口かじってみる。
甘さ控えめかなと思っていたら、そうでもなかった。
でも、コーヒーと一緒に口にしたら、コーヒーの苦味と中和されてちょうどいい。

「…すぐ近くに住んでいるのに、こんなところがあるなんて知らなかったです」

と、私は申し訳なさそうに言った。

「あはは。いいんだよ。目立たないお店だしね」

マスターは、屈託なく笑った。

「…それに、特別な人しかやってこられないお店だし」

「特別な人…?」

「うん…天国に行く前にね、こうやってコーヒーを出すのが僕の役目なんだ」

「…天国?」

「さっきの救急車とパトカー、君の事故現場に行くところなんだよ」

血の気が引いた。
この人は、何を言っているのだろう。頭がおかしいのではないか?

「即死だったみたいだから、まだ死んだことに気がついていないのかもね」

思わず席を立ち上がった。
客を怖がらせようとするなんて、なんて趣味の悪いマスターだろう。一刻も早くここから出なきゃ。
急いで勘定を済ませようとあせりながらバッグの中から財布を出す。
お金をマスターに渡そうとして、ふと目に入った、カウンターの後ろにある壁一面の鏡。
私の顔が映っている。
…頭がかち割れて、血だらけの私の顔が見えた。

カラン…

ドアの開く音。

「おや、お友達が来たみたいだよ」

振り返った。
そこに立っていたのは、ついさっきまで、別れる別れないの喧嘩をしていた彼氏だった。
私と同じように、顔が血だらけだった。

…思い出した…。

デートの後、ちょっとした事で車の中でけんかになって、彼が助手席に座っている私のほうを見たんだ。

『いい加減にしろよ!お前はいつもそうやって俺が浮気してるって騒ぐけどな…』
『ちょっと、危ない!!』

一瞬だった。
急ブレーキを掛けた前の車にぶつかるまいと、ハンドルを切ったら、そのままスリップしてコントロールを失って…。
後は覚えてない。

彼がゆっくりと近づいてきた。

「…すまない…お前を事故に巻き込んでしまった…」

血にまみれてしまった彼の口は動かなかったけど、頭の中に彼の声が聞こえてきた。
そして彼はカウンター席に座った。

「コーヒーは、何にする?」

マスターが聞く。

「…キリマンをもらおうかな」
「了解」

彼が振り向いた。

「これのみ終わるまで、待っててくれるか」

私は

「うん」

と答えるしかなかった。
作品名:コーヒー、何にする? 作家名:moon