『ロールキャベッツの悲劇的な死について』
おいおい、それはないだろう
君たち揉めるのは構わんがね
注文してから揉めてしまって
食べるものも食べられずにさ
語気を荒げる彼氏さんにぶつ
ぶつと不貞腐れる彼女の顔付
いい加減にしてくれないかね
店に来る前に解決しておいて
すっきりした気持ちで来店さ
礼儀ってものを知らないのか
マナーってものを知らない？
折角美味しいボクのことをさ
食べずに帰るってなんなのさ
揉めた原因はなんなのさねえ
彼氏さんの不満げな顔付が？
気に入らないからご立腹とな
それじゃあ理由を聞いてみな
聞く耳持たないタイプなんだ
彼氏さんのことまだ知らない
からそうなるのではないのか
ボクは事情はようわからんが
大したことじゃあなさそうだ
美味しいボクを食べてみれば
きっと気分も良くなるはずさ
でも食べないんだお二人さん
いいかいここはレストランだ
食べて嬉しくなるところです
なのにあんらたは口論口論で
味見もせずにさよならなのか
いいから一口食べてごらんよ
きっと目から鱗が落ちるから
舌から涎が滴り落ちるからさ
ちょっとでいいから口にして
咀嚼してみりゃすぐ仲直りさ
でもどうしても駄目だったね
ボクを見捨ててしまったんだ
このボクを知らずに出てった
彼氏さんは知っているはずさ
でも今夜食べてもボクのこと
きっと人違いだと思うだろう
彼女は全く知らぬままなのだ
それでいいのか日本人たちよ
洋食の中でもこんなにも皆に
愛され続けた庶民の味の代表
このボクを知らずに帰るなど
非国民にも近いのであるのだ
いいかまた必ずここに来いよ
ボクはいつまでも待っている
ボクを知らずして死ぬなかれ
ボクの感触を知らずに死ぬな
きっと必ずや幸福になれるぞ
だから何十年も残ってるんだ
いいか必ず来いよ迷える民よ
ボクはこうして一度処分され
新しいボクに生まれ変わるが
魂というかボクであるボクが
そこの宿っているのだからね
さよならだ悲しき恋人たちよ
また来たときはきっと今より
美味しいということに出会う
そのことだけ伝えておきたい
じゃまたもうすぐボクは死ぬ
悲しきことは続かないのだよ
必ずや明るい未来が見えるさ
おう、おうおうおうおうおう
しょっぱい涙流さずお別れさ
ボクとのお別れの涙ではなく
彼女の涙が今光っているのか
あばよ愚かにも美しい人々よ
ボクはゴミ箱で静かに眠るよ
作品名：『ロールキャベッツの悲劇的な死について』 作家名：佐崎 三郎