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月に咲く花の名は

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「貴方には、覚悟がおあり?」

 蒼ざめて輝く月を背に長剣を構えた彼女は、ひどく美しかった。
 長剣と同じ銀の髪に、金の双眸。
 陶器のような白い肌に映える漆黒の長衣は身体のラインを際立たせていたが、淫猥さは微塵も感じられない。
 身にまとう長衣と合わせたかのような、翼を模した闇色の髪飾り。
 その髪飾りは、彼女が世界に双璧を成す『アルダーシャの戦姫』の片割れであるという事を示している。
 息を呑むほどの美貌と、その立ち姿と。
 それだけで近づきがたいほどの高貴さを感じさせた。

「覚悟……覚悟か。あんたに出会ってしまった以上、決めなきゃなんねぇだろうな」

 俺はからからに乾いてしまった喉を潤すように、ゆっくりと唾を飲み下した。





 事の発端は、至極簡単なものだった。
 時折酒を飲み交わす盗賊仲間との賭けカードに俺は負けたのだ。
 しこたま酒を飲んでいたのが敗因かもしれない。
 そして賭けの代償として、あいつらは金でも宝石でもないものを要求してきた。
 それは世界に二人しかいない『アルダーシャの戦姫』の元へ忍び込み、その証拠を持ってくるというものだった。
 ――『アルダーシャの戦姫』
 彼女らは普段は人の目を避けて僻地にある神殿の奥の奥、閉鎖したひとつの社会で暮らしているという。
 それは女だけの、限られた世界。
 けれどひとたび世界に厄災が起こると武器を手に、身を賭して戦うのだという。
 そして、その希望の象徴として翼を模した髪飾りをつけているのだと。
 だが、俺だけでなく子供でも知っている話は、ずいぶんと伝説めいておとぎ話のようだった。
 なぜかといえば、それこそ簡単だ。
 誰も『アルダーシャの戦姫』の姿を見た事がないからだ。
 古い古い昔語りに『太陽の輝きと月の煌めきを身に宿す』という一節がある程度。
 だからあいつらは、冗談半分に戦姫の神殿に忍び込めと言ったに違いない。
 失敗して当たり前。
 そうなりゃ俺はまた話のネタにされるだけだった。

 それなのに。
 俺は辿り着いてしまった。
 忘れかけた伝説に名を残す、古びた神殿に。
 すでに廃れ、神殿に仕える奴も参じる奴もいないように見えた神殿。
 神の気まぐれか、はたまた運が良かっただけか。
 一番奥に位置していると思っていた部屋から始まり、ゆるゆると続く長い通路を俺は見つけてしまったのだ。
 その先にあった庭園に、彼女はいた。
 いつの間にか昇っていた月のような、艶やかな女だった。





「私はまだ【表】に出るべき刻ではないはず……なのになぜ、貴方はここにいる?」

 長剣の切っ先は、俺に向けられたままだ。
 鈍く剣呑な輝きは鋭さを思わせる。

「ひとつ確かめさせてくれ。あんたは――『アルダーシャの戦姫』なのか」
「己を名乗らず問うとは、随分と尊大だこと」

 彼女は剣を少しも揺らさず、唇を笑みの形に結んだ。
 金の眼は僅かに揺らぎ、それだけでまとう雰囲気が違って見えた。
 殺気交じりではなく――
 どこか柔らかい。

「けれど、問われれば答えましょう。いかにも私は『アルダーシャの戦姫』が一人、レスティエーラ。古の血により、この神殿にて刻を待つ者」
「レスティエーラ……」

 発せられた名を、俺は思わず反芻した。
 それは神話時代に語られる女神の一柱の名前とまったく同じだったからだ。
 夜の衣をまとい、闇を切り裂く剣を携えた戦の女神。

「古の血、ってなんだ……? それに刻って……」
「それは言葉のまま――私は待つ者。けれど貴方は刻をもたらす者ではない。覚悟は決めた、と言ったならば」

 一瞬だけ、風が哭いた。

「我が誇りと血の宿命において、私は貴方を処さねばならない」

 言葉の後。
 俺は頬に焼けるような痛みを感じた。
 指を這わせてみれば、ぬるりと絡みつくような感触。
 まぎれもなく、俺の血だった。

「俺を……どうしようってんだ? 古の戦女神と同じ名を持つ、あんたは」

 背筋を冷たい物が走る。
 顔は苦笑いなんぞ作り出しているだろう。
 左手が腰の短剣をまさぐるが、手に汗かいているのか上手く掴めやしない。
 本能的に彼女の実力を悟った。
 俺なんかが何人束になっても叶わないような。
 そんな圧倒的な実力差。

「貴方、名は?」

 ゆっくりと広がり行く殺気。
 それなのに。
 彼女は――レスティエーラは穏やかに微笑んでいた。
 それこそ、女神の微笑みのようだった。
 視線をはずせない。
 俺の意思とは関係なく、乾いた口は言葉を紡いだ。

「カイン……カイン・アルバート」

 自分の名を告げた。
 その後に訪れた痛みは、ほんの一瞬だった。
 口の中に鉄臭い血の味が広がる。

「貴方の血は、私となる。貴方の痛みは、私の言葉となる。私と共に……カイン」

 俺を刺し貫き、抱き締めたレスティエーラの身体は温かく、柔らかかった。





 女神の腕の中で眠るなら、それも本望かもしれない。
 俺が、彼女の糧となれるならば――
 俺が、彼女に何かを伝えられるならば。
 最後に見えたのは、あの微笑み……










   End.


テーマ「王族」
お題「宿命」「血」「戦乙女」「誇り」「社会」
制限時間60分
作品名:月に咲く花の名は 作家名:哉桜ゆえ