ラルウ
ラルウのお母さんはラルウをとても可愛がりました。お母さんはとても綺麗な人でした。お父さんの記憶はありませんでしたが、お母さんがよく話して聞かせてくれました。お父さんは大きくて優しくて山のような人だと何度も教えてくれました。
お母さんは料理が上手で、ラルウはお母さんの作るシチューが特に大好きでした。
ある日、ラルウはいつものように大きなコートを羽織り、フードを深く被って市に出掛けました。一月に二度こうして市に出掛け、食べ物や生活に必要なものを買っていました。
市に着くと、なにやら大門の方で大勢の人が騒いでいました。市には人が少なかったので、ラルウは快適に買い物をすることが出来ました。
ラルウは大門の近くを通らないように家に帰りました。
市から帰ってから数日が経った日、ラルウの家に町の役人達がやってきました。役人達は無抵抗なラルウを三人がかりで縛り上げ、どこかに連れ出しました。
歩いている途中、町の人達はフードを被っていないラルウを指差しながら白い眼を向けていました。ラルウにはどこに何の為に連れられていくのかのかさっぱりわかりません。
連れて来られたのは大門の前でした。
そこには、大きな黒い何かがいました。
どうやらこの間騒がしかったのはこれのせいみたいでした。大きな黒い何かは、町に一つしかない出口である大門を完全に塞いでいました。辺りは絨毯のように赤黒く染まっていて、それが血であることはラルウにも一目瞭然でした。ラルウを連れてきた中で一番偉そうな人が、
「贄を連れてきた」
といい、ラルウを離すよう指示しました。
ラルウは縛られたままで背中を蹴られ、よろめくように大きな黒い何かの前にやってきました。
すると、大きな黒い何かは地響きのような唸り声をあげました。
「おぉ………おぉ………おぉぉぉ…」
大きな黒い何かはラルウの体ほどもある手を伸ばしてラルウを捕まえたあと、口のようなものを開けてラルウを一飲みにしてしまいました。
町の人達はラルウが居なくなった事を誰も知りませんでしたし、気にしませんでした。
でも、大門がまた通れるようになった事は喜びました。
気がつくと、ラルウは家にいました。
さっきのは夢だったのでしょうか。
訳がわからなくて、とりあえず落ち着く為に水を飲もうと立ち上がりました。
そして、窓に写った自分をみて驚きました。
もう、顔を隠す必要はありません。
元々陽気なラルウはすぐに町の人達と馴染み、人気者になりました。ひとりぼっちだった頃が嘘のように人に囲まれる毎日が訪れ、数年が経ちました。
ある日、ラルウはいつものようにコートを羽織り、フードを被って市に出掛けました。
普段なら邪魔なくらいに沢山いる町の人達は誰一人いませんでした。ラルウはあちこち歩き回りましたが、本当に誰もおらず、物音すらしません。怖くなったラルウはすぐに家に帰ろうとしました。
大門の前に差し掛かった時、見覚えのあるものが見えました。
それは、あの時の大きな黒い何かでした。
辺りは、前に見た時よりも広い範囲が赤黒く染まっていました。ラルウが近づくと大きな黒い何かは地響きのような唸り声で
「楽しかったか」
と言いました。
ラルウは泣きながら頷き、大きな黒い何かに近づきました。
「そうか」
大きな黒い何かは低い声でそういうと、ラルウを掴んで飲み込んで、そのまま地面の中に、溶けるように消えていきました。