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どうして生きているのよ

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『どうして生きているのよ』

駅でナツミが男の背中をナイフで差した。ナツミはかけつけた警官に取り押さえられた。
警察で取り調べが始まった。いろいろと調べた刑事が、「西島に捨てられた腹いせに殺そうとしたのか?」と聞くと、
ナツミは「そうではない」と言い張った。

ナツミは三十代とはいえまだ十分に美しかった。その気になれば、幾らでも結婚相手がいるはずだったが、なぜか転勤してきた上司となった西島と恋に落ちたのである。
西島は結婚していたが、転勤をきっかけに夫婦仲が悪くなった。妻は東京から離れるのが嫌だったが、しぶしぶついてきた。転勤してからも、早く戻りたいと訴えた。男は妻と違ってこの地に住みつくのも悪くはないと考えた。ほんのちょっとのすれ違いがやがて夜を共にしない関係にまでなってしまった。
そんなときだった。一緒に飲む機会があり、西島がさりげなくナツミに言い寄った。まんざらでもなさそうな素振りをみせた。それがきっかけに付き合うことになる。しばらく恋をしていなかった彼女は直ぐに心を寄せるようになった。

西島は「妻と離婚して、お前と結婚するから」と言って肉体関係を結んだ。数か月後、ナツミは妊娠した。彼女は生みたかったが、西島が、「子供はまだ早い。その代わりに結婚するから」と言って強引に中絶させた。
その頃からナツミは周囲からおかしくなったとみられるようになった。みんな中絶したのが原因ではないかと噂した。しかし、西島はそんなことは全く気に留めることなくナツミとの関係を続けた。
あるとき、ナツミが「本当に愛しているの? 私はただ単にあなたの欲望を満たすだけの道具?」と聞いた。その目が虚ろだった。その目が怖くて、以来、関係を結ばなくなった。西島に転勤命令が来る一か月前のことである。
 突然、西島に転勤命令が下った。西島を転勤させた上司が急死し、その後釜に抜擢されたのである。その知らせを聞いて、ナツミと別れることを決意した。

 別れ話を切り出したとき、雪が降っていた。一月の終わりである。寒波が襲来し、雪が深々と降っていた。
 めずらしくナツミの部屋を西島が訪ねた。そしてナツミは抱いてとせがんだ。西島は抱いた後、どうやって別れ話を切り出すかを思案していた。なかなかいい考えが浮かばなかったのでタバコに火をつけた。
窓の外を見ていたナツミが嬉しそうに、「ねえ、雪は嫌い」と聞いた。 
西島は詰まらなそうに「嫌いだよ」
「東京じゃめったに降らないものね」
「転勤命令が出ているのは知っているだろ?」と西島が切り出した。
 彼はナツミを見ていなかった。いつもそうだった。肝心なときには相手の目を見ない小心者である。ナツミはずっとそれがナイーブなせいだと思っていたが、堕胎を勧めたとき、それはただ単に小心者のせいだと悟った。それでもいつか結婚してくれるものだと信じていた。彼女はずっと幸せな結婚を夢見ていた。ありふれたものでよかった。彼女が高学歴なのと、美人のせいか、本気で声をかけてくれる男はいなかった。ナンパなら数えきれないほど声をかけられたのに。気づくと三十を超えていた。三十五を過ぎたとき、西島に言い寄られた。結婚すると囁かれ、体を許した。そして三十七歳を迎えたとき、その西島に転勤命令が下った。ナツミは一緒に東京に行こうと言ってくれると信じていた。彼が別れを切り出す直前まで。
「来月に戻るの?」
「そうなると思う。ここで、二人の関係を綺麗にしようと思う」と言った。
ナツミは耳を疑った。
「本当に? 嘘でしょ?」
 ナツミは高まる気持ちを必死に抑えながら聞き返した。
「こんなこと冗談で言えるわけはないだろ?」
 ナツミは泣きたくなったけど、必死にこらえた。ここで泣けば自分がみじめになるだけだったから。
「君には悲しい思いもさせたかもしれない」と言った西島は封筒をナツミに渡した。
現金が入っていた。百万くらいあった。
「この金で終わりなの? 私はずっと待っていたのに」
 ナツミは淡々と言った。彼はナツミの顔を見た。誇り高くすませた顔だと思った。 
「もう百万くらいなら出せる。でも、それが限度だ」と男は言った。
「子供ができたことは悪かったと思っているが、俺一人の責任じゃない。君にも責任はある。君もちゃんと避妊しなかった。まだ、三十五だろ? 五十に手が届こうという俺と違って、君にはまだまだ未来はあるだろ?」
 西島は笑った。子供が困ったときに微笑むような作り笑いである。その幼稚っぽい態度がナツミを怒らせた。
「三十五じゃなくて、もう三十七よ」
「たった二歳の差じゃないか」
ナツミの心の中で憎しみの炎が燃え上がった。
「奥さんと別れて、私と結婚する気なんか、最初から無かったんでしょ? 私の二年を返してよ」とナツミは言った。
 時計は戻らない。ナツミは母がよくそう言ったのを思い出した。ナツミはシングルマザーとして生きた。男にもてあそばれた半生だった。そして自分も同じ道をなぞるように歩いている気がした。
「今さら昔の話は止せよ。それより、君は君の人生を見つけろ。俺たちの関係はたった二年だ。ほんのちょっと寄り道しただけと考えればすむだけだろ」
「本当にそう思っているの?」とナツミは聞き返した。
男は答えない。
 遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。
男は時計を見た。
「そろそろ時間だ」と言った。
「一度、本社に戻る。二、三日したら、また戻ってくるけど、すぐに引っ越しだ」と男は言った。
ナツミは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。代わりに笑い出した。その笑い顔が変なんのだので、男は「どうした?」と聞いた。
「何でもないわよ。もう用が済んだんでしょ。だったら、もう消えてよ!」と怒鳴った。
 男は慌てて消えた。
 男の消えた後、男が吸ったタバコの匂いが妙にして、ナツミの神経をさらに苛立たせた。

「でも刑事さん、これで終わったなら、私は彼を殺そうと思わなかった。そう、私は幸せように引っ越しの準備をする彼と奥さんを偶然見かけた、そのときに分かった。とても楽しそうだった。離婚しようとしていたなんて嘘だというのが分かった。私を弄ぶ口実に過ぎなかった……そんな嘘にだまされたのが悔しい」
ナツミは話し続けた。
「彼が東京で戻る日、駅で彼を待った。謝ってほしかったの。ただ、それだけで、自分の中にあるわだかまりを消すことができると思った」
刑事は「でも、あなたはナイフを持っていった。なぜです。謝ってほしいだけなら、ナイフは不要でしょ?」
「きっと、彼は謝らないと思っていた。だから持っていたのだと思う」
「何のため? ナイフで脅して謝らせるため?」と刑事が言うと、
ナツミはゆっくりとうなずいた。
「刑事さん、今の私には何もないんです。自分のお腹にできた子も下ろし、唯一の肉親である母も昨年亡くしました。もう失うのは何もないんです。残されたのは自分だけ。その自分も滑稽なくらい惨めだったら、これから生きていけないじゃないですか。だから彼に謝ってほしかった。なのに、彼は“何しに来た。お前はストーカーか?”と怒鳴ったんです。無性に腹が立って気づいたら、ナイフで刺していたんです。たくさんの血が流れて……その後のことはよく覚えていないんです」