吾輩は巻き尺である。
何処に置き忘れたか、主人にはよく忘れられる。ベットの下、机の横、棚の上、と私は部屋のあちらこちらを旅して回った。無論主人に運ばれてである。近くのホームセンターまでわざわざ出向いたこともある。ある時は売り物の家具のサイズを測るのに使われ、ある時は部屋の模様替えの計画を立てるのに使われた。あるときには郵便で送る荷物のサイズを測ることに使われる。スピーカーに繋ぐケーブルの長さを一寸たがわず合わせてやったり、ちっこく見えてもわりかし私はご主人様のお世話をしてるのである。それだのに、主人ときたら、私のことをよく忘れる。そのために随分と嫌な思いをしてきた。
もっぱら最近では、主人と、そのパソコンがよく見える位置に定位置を構えた。パソコンの、横に置いてある棚の脇に引っ掛けられているのだ。主人がこの置き場所さえ守ってくれればもう忘れられる心配もないだろう。だので主人がやってることがよくわかる。最近であるとネット小説に嵌っているらしく、よく小説投稿サイトを眺めてるのが見える。ほかにはヤフーオークションとやらをやってることがわかった。なるほど私がサイズを測らされた荷物はヤフーオークション出品用らしい。
嫌なことがあるとすぐに主人はふて寝してしまう。夜はぐーすか眠るくせに、昼間まで寝てるときた。それでいてアニメを再生しながらマンガ本を読んでたりするのだ。耳が二つあるのはどうにか理解できるが人間の目は2つあっても同じ方向しか向かないと聞く。いったいどうやってアニメとマンガを同時に読み、見ることができるのか私には不思議でしょうがない。
主人が同じアニメばかり何度も再生しているときがあった。それはまるで私の趣味に合わないアニメだったのだが、再生されては仕方があるまい。耳を塞ぐわけにもいかず私はその作品を見続ける羽目になった。もう、かれこれ10回は見ただろうか。その為粗筋はおおよそ覚えてしまった。
ある時、主人は思い立ったように何処からか原稿用紙を買ってきた。なんでも原稿用紙は20枚ひと組で売ってるらしく、そのひと組を買ってきた。買ってきてそうそう原稿用紙の袋を開けると鉛筆を取り出し何かを書き始めた。そうして一つの作品を束にしてぽいと一つどころに置く。誰に見せるでもない。ただ置かれている。
そうして書かれた作品が律儀に積み重なっていく。役にたっているという意味では私の方が役に立ってるのだ。それに比べ主人は私には見向きもしない。たまに持ち出すのみである。それでいてちょっと前まで何処に置いたか忘れられていたのである。これほど訝しいことが他にあるだろうか。
私は主人に文句を言いたい。でも口がないので言わずに我慢している。
作品名:吾輩は巻き尺である。 作家名:かげろう